幽斎

逆転のトライアングルの幽斎のレビュー・感想・評価

逆転のトライアングル(2022年製作の映画)
5.0
【幽斎的2023ベストムービー、スリラー部門第2位作品】
「ザ・スクエア 思いやりの聖域」スウェーデンの異才Ruben Östlund監督が、豪華クルージングに参加したセレブと乗務員を待ち受ける運命を描いたドラスティック・スリラー。京都のミニシアター、京都シネマで鑑賞。

※ヤヤを演じたレビュー済「ドント・スリープ 蘇る悪夢」Charlbi Deanは犬や猫に咬まれるカプノサイトファーガの敗血症で2022年8月、32歳の若さで亡くなった。次回作も決まっていただけに残念。本作が彼女の遺作に為った。

「エブエブ」レビューで私的アカデミー賞で、監督賞に選んだÖstlund監督。才能は早くから話題に成り「フレンチアルプスで起きたこと」カンヌ映画祭ある視点審査員賞。「ザ・スクエア 思いやりの聖域」カンヌ映画祭パルムドール受賞。本作で2作連続パルムドール受賞。アカデミー作品賞、監督賞、脚本賞ノミネートに留まるが、フレンチアルプスもザ・スクエアも比類稀な不快感に襲われ、澄まし顔で受け流してるのは観客の皆さんですよと、ココイチの10辛並みの刺激は本作も健在。

フレンチアルプスとザ・スクエアを観て、監督はやはりスウェーデン人。キャピタリズムに辛辣だと着眼点を称賛したが、本作は初の英語作品でエスタブリッシュメントへの風刺に磨きが掛かり京都人も顔負けのエゲつなさ。格差と平等、最近のアメリカがテーマに掲げるプロットを、時代が変化したから取り入れるのは日和見、そんな事はずっと前から変わらない、人間なんて変われるもんじゃないと言う達観した視点が秀逸。

原題「Triangle of Sadness」悲しみの三角関係、分った様な解らない様な(笑)。形成外科で眉間の皺をボトックスすると言う意味。監督はザ・スクエアで受賞直後に本作を映画化すると発表。レビュー済「ハウスオブグッチ」的な、高級ファッションと富裕層、資本主義のスタイリング、通貨としての価値観をテーマに掲げ、前作よりもアグレッシブに攻めると公言。イギリスBBCフィルムズが、クラウドファンディングで支援。

監督の実体験が如実にフィードバックされてるらしいが、スウェーデンは女性の社会進出が進んでると日本人なら思う。だが、実態はミレニアム「ドラゴンタトゥーの女」の様に、男尊女卑が今でも根付く、活動を休止した松本人志も顔負けの裏の顔も有る。北欧から見てアメリカはルッキズムとか格差社会を他人事の様に語るが、ソレを「カールとヤヤ」「ヨット」「島」3部構成と言う一風変わった、変則的だが分かり易い視点で、我々を大いに笑わせ困らせ唸らせる。コメディが饅頭の薄皮の様だとお分かり頂けるだろう。

第1部「カールとヤヤ」日本でもデートの時に男性が全額払うのか、割り勘にするのか、自分が食べたモノだけ払うのか、後退した思想が未だにネットをザワつかせる。私は「誘った方が」払うべきだと(笑)。そんなやり取りを予想を超えた尺を使い延々と映し続ける。監督が言わんとする所は男女の平等を保つ難しさ。此のシーンを観た女性は「男って女々しい生き物ね」思うかもしれないが、女々しいも立派なレイシスト。Toxic masculinity「有害な男らしさ」男ならこう振る舞うべき、国際的にも立派な差別用語。

脱線しますが帆が無いのでクルーザーと書こうとしたが、舞鶴海上保安庁に務める友人に聞くと「ヨットは船に大きな居住空間が完備され、マリンレジャーが楽しめる比較的大きな船。ヨットの言葉から帆の有る船のイメージだろうが、クルーザー(長距離を旅する船)をイメージする方が正しい」映画に登場する船はYACHTで正解だそうです。

第2部「ヨット」富豪のセレブと客室乗務員の二層構造。テーマはズバリ「格差社会」。私は客船クルーズの経験が無いのでサッパリ分りませんが、日本でもセミリタイアされた方が、ジャパネットに騙され多くの乗客で下船に2時間も掛かるカジュアル船の欠点を伏せて、船旅を楽しんでらっしゃる様ですが、金持ちって相手を敬う精神が1㎜も無いので、自分の言う事は何でも通ると勘違いする非常識人。船上と船底と言う分かり易いヒエラルキーで、船上で「白人セレブ」高級ディナーを召し上がる。船底は「有色人種」一生懸命働く。金を払ってるから当然かもしれませんが、他人に感謝する心を忘れてないか?。日本は何時の頃から「いただきます」「ごちそうさま」言わなく為ったのだろう?。

第3部「島」ラスボスWoody Harrelsonの登場で舞台は最高潮に!。ヨットにはキャプテン・ディナーなるイベントが有るそうですが、大シケの最中に行われるので、セレブは高級食材を食べては吐くを繰り返し・・・言い忘れた。本作はホラーのグロは無いけどゲロや汚物のカーニバルなので、お食事中の方は食後にでも(笑)。食べて吐いて倒れるを「カールとヤヤ」並みにしつこく繰り返すので、父親世代だとドリフのコントの様に阿鼻叫喚。手榴弾を世に広めたのはイギリス人だが正に因果応報。

Harrelsonが「税金を払わないセレブ達~」スピーチを始めるので、初めから仕組んだ節も有る。海賊に襲われヨットは沈没。手榴弾で爆破され辿り着いたのが「島」。本当の主役でトイレ清掃員アビゲイル登場。秀逸なのは彼女が意図的に殆ど登場しない。スリラーでは掟破りの反則技もコメディなのでお気に為さらず。セレブと観客の全員が「お前、誰だよ?」作為的に混乱させる事で、セレブと観客のマリアージュも見事に同化させる。

終盤のテーマは「ルッキズム」。人を観た目で判断するなとは良く言いますが現実は逆です。男はルックスの良い若い女性に惚れ、女性は金持ちの男に惹かれるのは自然の摂理、抗う必要も有りません。アビゲイルは木村多江の様に薄幸役を意識的に演じるので、センターポジションには似つかわしく無い、と普通なら感じますよね?。

ですが、「島」から普通の生活に戻ればアビゲイルは再びトイレ清掃の日々。ヤヤの在る一言が決定打と成り、本作は幕を閉じる。カールとヤヤとアビゲイルのその後は描かぬまま強制終了。レビュー済で私の2022年ベスト一位「ザリガニの鳴くところ」カール役Harris Dickinsonはチェイスだ(笑)の様な伏線も無いので、観客が想像するしか有りませんが「ス◯ッとジャパンの様に綺麗に終わるとでも思ったのか?」監督の高笑いがスクリーンから聞こえてくる。大人の皮肉が分らない様では、貴方もまたトイレ清掃だよと。

主従逆転ですから痛快娯楽劇に見える筈ですが、全くソウでは有りません。コンソーシアムも不愉快と言うより不快で全体を支配する。秀逸なのは本作には絶望的な悪人も、清廉潔白な善人も居ない。有るのはヒエラルキーと言う金で支えられた薄っぺらい生八つ橋の様な「皮」だけ。貴方も薄皮の上で人を見下してないか?。ソレは傍から見て恥ずかしいと監督は静かに警告する。私は室町時代から続く生家の出身ですが、京都人も東京を見下す癖が有り、絶対に上京とは言わない。東の京都だから「東京都」江戸は下向が正しい。御婆ちゃんの口癖を思い出したが、京都人も顔負けの底意地の悪さで幕を閉じた。

世の中の自己矛盾を辛辣に描いた傑作、次回もパルムドール受賞で間違いない?(笑)。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

コメディなのにアカデミー作品賞候補に成った理由、ソレはコメディでは無く本質がスリラーだからです。ソコを見抜けない様では、本作を語る資格は無い。アビゲイルが地位を守る為にヤヤを殺そうとする最中、カールが森を駆け抜けるシーンの解釈。ラストで流れるハウス・ミュージックの歌詞も皮肉タップリで素晴らしい選曲。

アビゲイルは元々悪人ではない、ヤヤの提案を聞いて踏み留まる可能性は有る。エンディングは複数あり、実際に石で殴って殺すシーンも有ったらしい。ヤヤとアビゲイルが山向こうに行く時、現地人が商売に来た。言葉を話せないテレサが見つけたが、カールはソレを目撃。リゾートで有る事を悟った。現実に戻れる喜びと、事実を知ったアビゲイルがヤヤを殺めると言う不安から追いかけた。監督の正解は此方だろう。

だが、私には別の考察が有る。実はトライアングルは全て逆転した訳では無く、カールだけは常にトライアングルの蚊帳の外。最初は地位の低い男として登場、経済力の有るヤヤに取り入る立場。しかし、島ではアビゲイルにセックスで奉仕して生活力を得た。此れは世間一般で言う処世術、悪い事では無い。アメリカ映画では此のポジションは常に女性。プライドを失った現代男の象徴として描かれたカール、物語を通じて男としてのアイデンティティに目覚めた。モデルの命である顔に傷が付こうとお構いなし。全てを取り戻すべく森を駆け抜けた。その後の事はもうお分かりですね?。

www.youtube.com/watch?v=l4UkYBr1NnA&t=2s
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