コマミー

クライムズ・オブ・ザ・フューチャーのコマミーのレビュー・感想・評価

3.9
【痛み無き進化】


※fans voice様のオンライン試写会にて鑑賞





いやぁ、まさか本作を一足早くオンライン試写会で見る機会が得られるとは…。fans voice様には感謝しつつ、冒頭の"ハワード・ショア"奏でる音楽と共に流れるオープニングから何までじっくり味わう様に鑑賞させて貰った。

長編監督作としては2014年の「マップ・トゥ・ザ・スターズ」以来の公開となるが、あの作品の脚本はブルース・ワグナーと言う方が手掛けており、"デヴィッド・クローネンバーグ"自身が監督と脚本を手掛ける作品は2012年の「コズモポリス」以来となる。まさか日本が令和になってまた監督の"独特の世界観"を味わえるなんて…。
人類が"とてつもない進化"を遂げ、"痛み"を感じなくなり、寧ろ"痛みを求めてパフォーマンスする文化"を作り出し、そして中には"プラスチックを食べたり"、そして中には主人公である"ソール"の様に"身体の中に更なる臓器"をはたかも腫瘍のように作り出す事が出来る人間が現れたりと、人類が独特な進化を遂げた近未来が舞台となっている。

主人公ソールは文字通り体内に新たな臓器を作り出せる。なので、それをパートナー的存在である"カプリース"や同業者的存在いわゆる政府が定めた「臓器登録所」の人達と共に、"特殊な機器"を使った臓器を摘出するパフォーマンスを人々に披露していた。
そしてここに登場する人物達は痛覚や感染症と言う概念がない。それなので、皆はいわゆる快感を求めて自ら肌を切開したり、改造したり、そして臓器摘出パフォーマンスを見たり、"見ている私達には想像できない事"をこの近未来の人達はしているのだ。

ただ、私なりに見解してみてこれは、今の"SNS社会"にも言える事だと解釈している。

ネットワークによっていくらでも情報が収集できて、人々の物の見方がどんどん変わってきている。それによって、当然間違った見方をしてしまって戻れなくなる人物もいるであろう。いわゆる"無敵人間"の増加のことなのだが、本作で表現されている痛覚無き人々はいわゆる現実世界でいう無敵人間なのだ。
そうゆう風に私は解釈し、私はこの世界が最初は半分だけ恐ろしかったのだが、だんだんその恐怖は増大した。それと同時に、私の知ってる"デヴィッド・クローネンバーグの世界"が戻ってきたなと感じた。

ソールを演じた"ヴィゴ・モーテンセン"の存在感も、カプリースを演じた"レア・セドゥ"の演技も半端ないのだが、"全身に耳のあるダンサー"の役者の演技も半端なかった。
そしてあのH・R・ギーガーを彷彿とさせる"造形"の数々…もうたまらない。

息子のブランドンがウイルスを売る近未来を描いた「アンチヴァイラル」を作り出した様に、父のデヴィッドは痛みや臓器摘出をパフォーマンスとして売り出す近未来を描く本作を作り出したのは偶然とは言い切れないが、デヴィッドが久々に腰を上げて長編をまた作り出した理由として、やはり「人類とテクノロジーの共生の進化」とそれに生じる「恐怖心」を描きたかったのだと考える。我々がテクノロジーいわゆる身近なもので言うとSNSやAI搭載の物だろうが、そのような物と共生する中で我々が気をつけないといけない事が何なのか…これが本作で描きたかったものなのかもしれない。

…あくまでこの見解は私の推測だが。

こうして、デヴィッド・クローネンバーグの"新たなステージ"が始まった。
コマミー

コマミー