カルダモン

クライムズ・オブ・ザ・フューチャーのカルダモンのレビュー・感想・評価

4.5
いつとは知れない未来の話。人工的な環境に適応するために進化した人類は痛覚が消え去っており、身体に傷をつける行為が娯楽の一つとなっている。そこでは体内に未知なる臓器を生み出す男と、その内臓を人工手術器で摘出する女のアートパフォーマンスが人気を博していた(んなアホな!)

〈加速進化症候群〉という特殊な身体になってしまったソール・テンサーは生活補助である異様な形のベッドや、食事補助装置を使用して生活をしている。その謎の機械の存在感。昆虫や動物の骨のような有機的なテクスチャは不気味でグロテスクなのだが、食事補助装置のブレックファスターチェアなどは『モダンタイムス』のチャップリンのような描写で、妙な滑稽さにおもわず笑ってしまう。

世界設計からしてどうかしているので目を奪われることしきりなのだが、何故、どのような過程を経てこのような世界が出来上がってしまったのかという説明などはほとんど無くあくまで前提であるという点がクール。
説明は最小限に、かつ効果的にこの世界の異常性が示されて興味は尽きない。
身体中に耳をたくさん植え付けた耳男、マイクロプラスチックを消化できる内臓を持つ少年、臓器に彫られたタトゥー、などなど、元気すぎる表現の数々。登場人物も負けず劣らず鈍い光で個性を輝かせて、ヴィゴ・モーテンセン、レア・セドゥの色気、妖艶さもさることながら、特にクリステン・スチュワート演じるティムリンがアートパフォーマンスに触れて内臓に芽生えを感じるところなど謎の魅力に溢れていた。

物語は殺人と捜査と内蔵登録の関係がアートパフォーマンスを軸にして展開し、108分というちょうどいい尺で纏め上げる気持ちのいい映画体験。デヴィッド・クローネンバーグ(80!)のあくなき探究心(主に人体に関する追求)に驚嘆しつつ、先に広がる見たことのない、考えつかない世界に触れる幸せを味わう。
こんな映画を撮ってくれる監督など彼以外にいない、その実感が嬉しい。


元はデンマーク映画『Sult』の主人公が[未来の犯罪]というメモを書いていたところから着想を得たクローネンバーグは、未来の犯罪とは一体どういうものだろうかと考え、1970年に『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー/未来犯罪の確立』を27歳で撮っている。本人的には予算の都合などもあり、思い描いていたものは実現できなかったそうですが、どうやら時代を経たことにより[未来の犯罪]と彼が追い求めてきた[人体]に関わるテーマが直結したようです。