前作「ボーダー 二つの世界」で度肝を抜かれた身としては、アリ・アッバシ監督の最新作を観ない訳にはいかない。
本作は2000年〜01年にイランの聖地マシュハドで16人の娼婦が殺害された、実際の事件から着想を得て作られたらしい。
ストーリーは犯人を探すミステリーではなく、殺人鬼"スパイダーキラー"という実在の人物を通して、イラン社会の女性蔑視の闇を描いている。
主人公はこの事件を追うジャーナリストの女性ラヒミだが、スパイダーキラーのキャラクターもしっかりと描かれている。仕事を持ち妻や子供もいて信心深い、平凡な男にすぎない。しかし、内には狂気を潜ませ、「街を浄化する」という名目で、人の境界線を超え犯行を繰り返す。
何よりこの物語の恐ろしいところは、市民の中には彼の蛮行を英雄視している者すらいるということだ。終盤の子供のインタビューには戦慄が走った。
犯行が稚拙なものにもかかわらず、16人もの犠牲者が出たことは、警察や社会の一部が彼を支持する風潮があったとも描かれていた。このようなことが許されていいはずがない。
そして悲惨でおぞましいことに、この出来事に限らず今の世界のどこかしらで似たようなことが起きているということだ。
監督は本作の構想に15年の歳月をかけたそうだ。イラン国内からの迫害も考えられるが、その危険も顧みず映画化した勇気には賞賛しかない。