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聖地には蜘蛛が巣を張るのCINEMASAのレビュー・感想・評価

聖地には蜘蛛が巣を張る(2022年製作の映画)
3.8
【イランはイスラム教シーア派の聖廟都市であるマシュハドで実際に起きた娼婦連続殺人事件が発生。犯人の主張は「俺は街を浄化するんだ。麻薬漬けの売春婦などこの世の悪だ!!」というもの。一部の民衆は公然と犯人を英雄視して支持する事態に発展。この犯人と、一連の事件を追いかける女性ジャーナリストのラヒミを軸にした実録サスペンス】であります。

 デンマーク&ドイツ&スウェーデン&フランス合作作品。女性ジャーナリストを演じたザール・アミール=エブラヒミが第75回カンヌ国際映画祭女優賞受賞&第95回アカデミー賞国際長編映画賞部門デンマーク代表作品であります。デンマークアカデミー賞では実に11部門を制した。監督&共同製作&共同脚本は『マザーズ』、『ボーダー 二つの世界』の鬼才アリ・アッバシ。恥ずかしながら、彼の作品を観るのは今回が初。英題は『Holy Spider』。

 本作は2001年~2001年の間に発生した16人の連続娼婦殺人事件をベースに描いている(17人殺害の容疑で起訴されたが1件は否認)

 実録娼婦連続殺人物だと、最近ではファティ・アキン監督のドイツ映画『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』があるけれど、あれは太めや年増の売れ残り(お茶引き)ばかりを狙ったグズグズの醜男が殺人鬼で、その犯行も無軌道なものだったけれど、本作の場合は、犯人は狂信的なまでに敬虔なイスラム教信者なのである。つまり確信犯。だから、<警察も本腰を入れて捜査をしなかった>という事実が有る。麻薬売人の老婆がラヒミの「警察もオトリを使えば良いのに」という発言を受け、反論する。「街の浄化のために人殺しをしてるんだから、警察が本気になるわけがない」と……(←余談だけれど、この老婆も娼婦客も、煙草の先から阿片(だと思う)を炙り吸引するけれど、ああいうの初めて見たなあ。あれ、普通の煙草だよね。あれで、阿片をちゃんと吸引出来るのかしら?)

 この作品、<犯人当て=フー・ダニット>では無い。だから書いちゃうけど、犯人は妻子持ちの大工の男、サイード。家庭では善き夫であり、良き父である。父の犯行を知った後も、彼の息子であるアリは父親を誇りに思っており、後継者となる事すら視野に入れているというのだから恐ろしい。

 犯行の手口は殆どが扼殺だが、抵抗した女性をボコボコに殴る描写もあるので、暴力映画が苦手という方はご注意を。最後は首元に膝や足裏を乗せて踏みつけ、祈りを捧げつつ息の根を止める。最後はラヒミ自らがオトリとなる事で、サイードは逮捕・起訴される。サイードは容疑を否認する事なく、堂々と受け答えをし、胸を張りさえもする。結果、サイードは<12回の死刑(絞首刑)と禁錮刑14年、並びに100回の鞭打ちと4人への損害賠償>を課せられるのだが、それでもサイードは動じない。自身が放免されると信じているのだ。そこには弁護士だけではなく、検察官も画策しての入れ知恵が作用してもいる。しかし……

 ここにあるのは、政府・警察の狡猾さだ。サイードの犯行はおぞましいものだが、その上を行くのが権力である。

 全編で、フィックスではなく、手持ちカメラの多用が見られる。これが効果的に作用していることは記しておきたい。遅れ馳せながら、アリ・アッバシの才気にも圧倒された。これは秀作だ。観られて良かった。
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