幽斎

聖地には蜘蛛が巣を張るの幽斎のレビュー・感想・評価

聖地には蜘蛛が巣を張る(2022年製作の映画)
4.4
【幽斎的2023ベストムービー、スリラー部門第9位】
レビュー済「マザーズ」鬼才Ali Abbasi監督が、イランで起きた娼婦連続殺人事件をベースに描く骨太のソーシャル・スリラー。アップリンク京都で鑑賞。

「スパイダー・キラー」2000年~2001年、イランで娼婦として働く16人の女性を殺害した連続殺人事件、監督も当時はテヘランの学生。犯人を英雄として称える保守的な反応、警察が逮捕するまで時間を要した事への困惑。翌年に制作されたドキュメンタリーを見て本作を書き始める。「街を浄化」殺人を繰り返す度に英雄視する事件を覆い隠そうとする不穏な圧力との闘いを描く。カンヌ映画祭Zar Amir Ebrahimi主演女優賞。アカデミー国際長編映画賞デンマーク代表作品。

「ボーダー 二つの世界」シネフィルの度肝を抜いた監督、実話と言ってもソウは問屋が卸さない。レビュー済「マザーズ」長編映画デビュー、スリラーと言うよりダーク・ファンタジーな寓話を秘めた作風と「ボーダー 二つの世界」全く世界観も異なる、本作も監督の地元で起きた有名な事件をモチーフに、リ・イマジネーションなレトリックで観客を惑わす。私はまだ監督の作家性が見えない。が、共通点が有る事だけは判る。

「Misogyny」女性蔑視への警鐘。ミソジニ―が狡猾なのは一方的に女性を非難するのではなく、敵と味方的な対立軸「良い女性」とはコウ有るべきだ。「悪い女性」だから貴方は非難される。自分勝手な住み分けをする事で一方的に気に入らない女性を攻撃。「5ちゃんねる」年齢層高目が利用するネット掲示板、恐ろしい露悪な女性蔑視の書き込みで溢れてる。「悪い女を正す」実態は女性を安全な場所から攻撃して楽しんでるだけ、実に卑しい人生。虚構に過ぎない快感ほど空しいモノは無い。

ミソジニ―はネットで可視化されただけで古くは「魔女」女性を罰する歴史は繰り返された。X(Twitter)でフェミニズム的な発言をする人をツイフェミと言うが、否定的な文脈で冷笑、精神が病んでるとメンタルヘルスを非難、性自認を歪曲したトランスフォビアで男性は干渉されないが、ノンバイナリーの女性は苦しめられる。「Femicide」女性を理由に殺害、英米のミステリーでは女性嫌悪殺人と訳される。フェミサイドの本作は、スリラーと言うより「社会全体の怖さ」クローズアップ、現代に巣くう闇を忖度なく告発する。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

寓話と一括りにした通り、ミステリーの様に事件の犯人を追う訳では無く、ホラーの様にどんな手口で殺したのかも求めない。倒叙ミステリーの様に、犯行を克明に「加害者視点」で描く事で、本作が社会への告発を目的とした映画だとラジカルに描写。事件を追うジャーナリストの映画的視点、犯人の視点をクロスオーバーさせる事で、事件を立体化させた。秀逸なのは警察官や探偵と言った英米のミステリーのレールでは無く、被害者と同じ女性を捜査側に混ぜ、「Misogyny」のテンプレーションを描く手腕は流石の一言。

捜査側もEntrapment、囮に踏み込むがターゲットとして捕捉され被害女性と同じ恐怖を味わうが、犯人は模範的なHarmless、無害な男として父親、夫、信者として「良い人」前面に押し出す。が、裏の顔はVigilante、司法制度に絶望した主人公が私刑を果たす復讐と同じ描き方。日本で言えば「必殺仕掛け人」父親が大好きで、京都で撮影したので(笑)。汚い娼婦を始末して何が悪いのか?、街をCleansesしてる気分なのだろう。

だが、歪なSexism性差別に過ぎない。「ジェンダーフリー」因みに和製英語(笑)。良心の呵責のない犯人、セックス・ワーカーは家族を養う為。此のギャップを見事なコントラストで描く。映画として極めてCritical Thinking、異常な犯罪者で終わらせず、社会全体もソウだと厳しく追及。観客にも「他人事では有りませんよ」語り掛ける。秀逸なのは逮捕で一件落着では無く、此処からが本番で犯人は救世主の様に崇められ、裁判で断罪される常識が通用しない。勿論、ソンな事は誰が観ても茶番狂言に過ぎない。

私はEXクリスチャンですが、イスラム教の岩盤保守思想は千年経っても変わらないと溜息しか出ない。イスラム指導者、正しくは司式者ですが、本作に対する執拗な抗議とか妨害は当たり前。カンヌで主演女優賞を獲得しても恐るべき数の脅迫を受けたエピソードに私も思い当たる節が有る。私は京都人ですが洛内にモスクを建てろとか、学校の給食にハラールを出せとか郷に入っては郷に従えの逆張りばかりでウンザリ(笑)。

アッサリ絞首刑。此の見捨て方もイスラム思想の本領発揮。Homosocial、男同士の内輪ルールで逃がすと言いながら風向きが変わるのも早い。原題「Holy Spider」聖なる蜘蛛とはイスラムの蜘蛛から逃れる事は出来ない。蜘蛛(犯人)だって大きな蜘蛛(社会)に喰われるだけ、と言う出口のない絶望を表してる。主演は別の女優だったが、逃げ出したので制作側だったZar Amir Ebrahimiを抜擢。彼女も蜘蛛の巣に絡め獲られたのかもしれない。

「人は避けたいと思う事と出会うものだ」本作はイラン版「タクシードライバー」なのか。
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