近本光司

パシフィクションの近本光司のレビュー・感想・評価

パシフィクション(2022年製作の映画)
4.0
 異様なまでの緩慢。ハリウッド的な明瞭さ、あるいはジェームス・ボンド的な瞬発力とは対極の話法。この物語が三時間近くの尺を要する必然性は見当たらないにもかかわらず、かくたる緩慢さこそがこの作家の筆致にほかならないのであり、映画作家の欠乏が叫ばれて久しい二十一世紀に、これだけ明瞭に自身のエクリチュールを立ち上げている映画監督に出会えたことの幸運を、わたしはスクリーンを見つめながら静かに噛み締めていた。
 第三世界に滞在する白人を主人公に据えた話としては、たとえばシャンタル・アケルマンの『オルメイヤーの阿房宮』やダニエル・シュミットの『ヘカテ』などが挙げられようが、まったく異なる現実の現実性を焼き付けた特異なエクリチュールを引き合いに出すなら、オリヴェイラの『繻子の靴』やパウロ・ローシャの『恋の浮島』からの影響も指摘できるかもしれない。それでもわたしがもっとも想起させられたのはヴィム・ヴェンダースの『アメリカの友人』だった。タヒチ島に駐在するフランス政府の高等官は、この島々で素性の知らない陰謀が動きはじめていることを嗅ぎつける。核爆弾の実験。海兵隊の横暴。ことの真偽が見定められないまま、すべての断片が暁の海に融けていく。でっぷりとした恰幅に、サングラスと白いスーツを着こなすブノワ・マジメルに瞠目。アルベルト・セラの作品は追いかけていかなければならない。