【舞台は身体の一部、客席は心の一部】
ひさびさル・シネマ。パリ・オペラ座クラスのバレエダンサーなら、その舞いは大画面がより見応えあるし、題材にも惹かれたので、行きました。
映画として、特別なことを仕立てるわけじゃないが、大変貴重なドキュメンタリーでした。
コロナ禍によるパリ・オペラ座閉鎖から、三ヶ月の自宅待機を経て、劇場再開により復帰したダンサーたち。これは前代未聞の事態だそうで、身体がすっかり変わってしまっている。
“1日休めば自分が気づき、2日休めば教師が気づく。3日休めば観客が気づく―”
そして始まる、恐怖とも言えるリハビリの舞い。精密機械でもある一流ダンサーの身体は、強引に戻すと壊れてしまうのだ。
一方、やっと舞台に戻れる!という晴れやかな表情が咲き誇る。本作では出番が少ない、レオノール・ボラックの無邪気な笑顔に、まずは心、持っていかれました。
前半は、今まで誰も見なかった、そんなリハビリ・オペラ座の姿が見どころですね。例えば解りやすいのが、久しぶりのリフトが巧く行かないとか。相手あっての技だから、ここまでレッスンの間が空くと、プロでも忘れてしまうらしい。否応なく、共感してしまいます。
舞台で踊れないことが、コミュニケーション手段を奪われるに等しい、と吐露するダンサーの切実さにも、頷いてしまう。眼などの感覚器官を失くすようなレベルなのでしょうね。
復帰演目はヌレエフ版『ラ・バヤデール』。個人的には、西洋文化の権化たるバレエに、なんちゃってインドを被せたようなこの演目は、如何わしくてあまり好きではありませんが。
リアルなのは、まだ経験浅いらしきコール・ド・バレエの皆さん。カメラが寄ると、どうしてもアラベスクがガタガタと震えている。この感覚はドキュメンタリーならでは。レッスン場では息を吸って!と同じ呼吸を求められるのに、全員マスクをしているという不条理も。
チュチュかつマスクって初めて見た。大変だなあと思いつつ新鮮。チュチュで言えば、エレベーターの扉に引っかかるのでひょいと上げ、お尻丸出しとなる図に、萌えました!
一方、ユーゴ・マルシャンとポール・マルクのレッスンでは、その見事な完成度に、これだけで観劇料を払わないといけない気になった。技を見せる場として、本作の白眉です。
そんな、公演までの積み重ねをいちいち、凄いなぁ、と見惚れていると…。
実際の公演がどうであったか、バレエ好きなら知っているとは思いますが、私はここでは、書かないことにします。本作の、記録としての白眉だとも思うし。
どんなに物凄いダンサーも、観客があってこそ生きられるもの、と改めて痛感させられます。
不在によりクライマックスを迎えられない…ことを露わにしたことが、本作のクライマックス。私は、ダンスは生舞台で体験しないと真価がわからない、と思っていますが、この記録が逆説的な証だと思いました。
パリ・オペラ座の本格的な復帰は、次の演目『ロミオとジュリエット』からですが、そちらは本作では、サラリと流していますね。
私は構成的に、これでいいと思いました。本作の要はそこじゃない。
最後は、アジア初の快挙で締めますが、アジアの人間として、素直に嬉しかったですね!
<2022.8.22記>