うめ

ベルベット・ゴールドマインのうめのレビュー・感想・評価

3.5
 去年から今年にかけて賞レースを賑わせている作品の一つ『キャロル』のトッド・ヘインズ監督作。ボブ・ディランの半生を綴った『アイム・ノット・ゼア』以前に製作した、1970年代のグラムロックの世界を描いた作品。

 1984年、ニューヨークの雑誌記者であるアーサーは1974年にイギリスで狂言暗殺をし、その後行方不明になっている伝説のロック歌手ブライアン・スレイドについて調査を始める。スレイドの関係者による証言によって、スレイドが人気ロック歌手になるまでが明かされていくと同時に、スレイドの熱狂的なファンであったアーサーの当時の記憶も甦っていく。ブライアン・スレイド、彼と共に日々を過ごした歌手のカート・ワイルド、そしてアーサー、ロック音楽と共にあった三人の歴史が交差していく…。

 先日観た『あの頃ペニー・レインと』は1973年のアメリカを舞台にした音楽映画だったが、今作は1974年前後を中心とした、イギリスのグラムロックの世界を描いている。時期がほぼ同じなのにも拘らず、こうも違う音楽が生まれて愛されていたとは…なんか不思議だなぁ〜なんて思った。けれど、『あの頃ペニー・レインと』よりも今作のほうが時代を象徴しているような気がした。奇抜な衣装、派手なメイク…1960年代の反動が大きく表れているようだった。

 グラムロックや流行した当時の雰囲気を表現してみせたのが、若い俳優たちである。ジョナサン・リース=マイヤーズにユアン・マクレガー、クリスチャン・ベール、トニ・コレット…皆、若い!皆衣装を着こなし演じているのだが、特に素晴らしいと思ったのはクリスチャン・ベール。近年では歯を抜いたり体重を増減してみたりと、ハードな役作りで知られているけれども、今作では(多少メイクすることはあっても)そのままのクリスチャン・ベールの演技を味わえる。そして改めて彼の演技力の高さに驚かされた。クールな顔立ちながらも、内向的な10代のロックファンを表情一つで演じてしまうからすごい。『マネー・ショート 華麗なる大逆転』でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされているが、その演技がさらに観たくなった。

 しかし演出にはどうしても難が残る。『アイム・ノット・ゼア』もそうだったのだが、部分的にミュージックビデオのような仕上がりになってしまっているのだ。確かにストーリーは存在しているし、理解もできるのだが、どうも美しい映像に頼り過ぎているようだ。主人公の感情の描写など肝心な部分は、映像で語るにしても不十分である。このような、観客にストーリーの一端を委ねてしまう演出、余白がある演出が好きになれるかなれないかで、トッド・ヘインズの評価が分かれそうだ。残念ながら、わかりやすいストーリーのほうが好まれるハリウッドでは高評価は難しいかもしれない。(カンヌで絶賛されたという事実からするに、『キャロル』も似た傾向にあるのかもしれないと推測している。)

 だが一方で、グラムロックは外見やセットを派手に飾り立てる特徴があるため、トッド・ヘインズのミュージックビデオ的な演出は今作では、その特徴を引き立てるのに一役買っていると見てもいいかもしれない。キラキラと光る衣装、妖しくステージを照らす照明、重なり合う無数の細い身体…表面的には、美しく魅力的なグラムロックも、その裏側――ブライアン・スレイドやカート・ワイルドの歴史――を覗いてみると、生々しいものであることがよくわかる。その点では『あの頃ペニー・レインと』と同様だ。仲間と衝突が絶えず、身をぼろぼろにしながら堕ちていく。その堕ちていく姿に何かを感じ取るのは、当時を過ごした世代も当時を知らない世代も同じだろう。

 ロック好きにも映画好きにも、お薦めできる一作。あの頃の空気を追体験できたような気がする。
うめ

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