Tanuki

千夜、一夜のTanukiのレビュー・感想・評価

千夜、一夜(2022年製作の映画)
4.2
30年前に失踪した夫を待ち続ける女性の静かな怒りと絶望を、田中裕子さんが確かな演技力で見せる。迫力のある映画だった。終盤のとある「意地悪」が、やった本人の気持ちもわかるがとにかく最悪の状況すぎてひえ〜ってなった。ダンカン演じる春男のキモさ情けなさも印象的。

春男は主人公登美子の幼馴染で、失踪した夫を待ち続ける登美子を「心配なんだよ」と言いながら、結婚を迫り続ける。いくら断っても懇願し続ける彼の姿はとにかく嫌悪感を抱かせるもので、途中、彼の母親から「一緒になってやってくれないか」と頼まれるシーンなんて最悪だった。

春男や母や、結婚を勧めてくるお節介な周囲に通底するのは「男女が結婚して寄り添って暮らすのが幸せの形」という凝り固まった価値観によるもので、登美子の気持ちを決めつけてくる。でも結局結婚したとして、男やもめの春男の世話を登美子がやらなきゃいけないのは目に見えてる…

春男との登美子の関係の顛末にはわりと溜飲が下がったというか。まあ、そうだよねと安心する決着なんだけども。その登美子の選択がもし「待ち続けるという狂気」に裏付けされてるんだとしたら、ちょっと嫌だなと思った。いつまでだって待っていいし、一人で幸せになったっていいよ。

夜中、登美子の部屋から声が聞こえてきて…のシーンだけ、見ていて噛み砕けなかったんだよね。長い孤独に心が砕けて…という論理はわかるんだけど、田中裕子さんが静かに強い女性を演じるからこそ、あの「こわれた」シーンには唐突さと違和感を抱いた。

あの夜の寝室のシーンがなければ完璧だったかもしれない。一人の女性の孤独な戦い、世間体や理不尽な仕打ちに抗う、登美子さんの姿が曇りなく眩しく見えたかもしれない。ちょっとだけ惜しかった。でもやっぱり手を振り解いて走り去るラストは最高。
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