幽斎

愛する人に伝える言葉の幽斎のレビュー・感想・評価

愛する人に伝える言葉(2021年製作の映画)
5.0
「太陽のめざめ」Emmanuelle Bercot監督が、死が確実に訪れる末期癌の息子と、見守る母親の姿を赤裸々に映したヒューマメイド・ドラマ。MOVIX京都で鑑賞。

Emmanuelle Bercot 55歳、インテリ美人の女優兼監督。監督を一躍有名にしたのはカンヌ審査員賞「パリ警視庁 未成年保護部隊」だが、女優として国際デビューしたのは「ニコラ」端役。TVムービー「ザ・レイプ 欲望の報酬」酷い邦題だが、今の日本のトー横裏の「立ちんぼ」を予見した物語は、一貫して人間が絶望の淵に追い遣られた姿をリアリスティックに描く事に長けてる。本作は監督の映画人としての集大成とも言える。

Catherine Deneuve 79歳!フランスが誇る世界遺産的女優。「シェルブールの雨傘」若くして世界的スターに上り詰める。意外にもオスカーとカンヌは無冠だが、「終電車」と「インドシナ」セザール主演女優賞。「ヴァンドーム広場」ヴェネチア映画祭女優賞。「8人の女たち」ベルリン映画祭銀熊賞。アカデミー授賞式で非英語圏の代表として渡辺謙と2人で挨拶。体調面で不安も有るが、今も精力的に出演を重ねるレジェンド。

フランス原題「De son vivant」彼の生涯について。英語原題「Peaceful」平穏。一見陳腐に見える邦題も実は秀逸だと気付かされるが、本作でBenoît Magimelはセザール最優秀男優賞に輝いたが、監督とDeneuve(本名はDorleac。Deneuveは母親の旧姓)は既に「Elle s'en va」「La tête haute」2本の映画を製作して顔馴染み。監督がロケハンで訪れた病院で、Dr.Gabriel Saraから「だったらウチヘ見においでよ」誘われ、献身的で冷静な態度に感銘を受け、ドクター本人に出演依頼した事から物語は始まる。

Deneuveは脚本を気に入り出演を即決。彼女が出るならとMagimelも快諾。名前はフランスだけどベルギーの国際派女優Cecile De France。オーストラリアを代表する女優Melissa Georgeとキャストも最高の布陣が出揃う。だが、撮影中にDeneuveが倒れ、軽度の虚血性脳卒中と診断され2019年11月撮影は中断。翌年2020年7月に現場に復帰。Magimelは役作りの為に大幅に減量したが、また太り、再び体重を減らす事を強いられた。おつかれ生です、アサヒ生ビールをどうぞ(笑)。

テーマは「終末期医療」に登場する「QOL」つまりQuality of life、日本で言う緩和ケア。「医療とは誰の為か」フランスらしい哲学的なノスタルジーも含まれる。ジャケ写からDeneuveが死を迎える話かなと思って何の不思議も無い。邦画は離れ離れに為った家族が親を看取る為に集まる感じですが本作は息子が死ぬ側、作り手として遥かに難しい。母親が死ぬ映画はレビュー済「ブラックバード 家族が家族であるうちに」名優Susan Sarandonの演技が秀逸、本作はDr.Saraが癌のスペシャリストと言う点が、リアリティを嵩増ししてくれた。秀逸なのは医療従事者の視点で嘘偽りが無い事。

私も婚約者を不治の病で失った過去が有る。血液の癌、白血病で保存療法の効かない急性骨髄性、移植するドナーが見つからず維持療法も行えず悲惨な死に方をした。その私から見てもDr.Saraの言葉は映画の台詞では無い真実も有り、繊細な完成度の本作は日本の医療専門学校の生徒にも観て欲しい。婚約者の人生は早逝だったが、それでも有意義な人生だったと映画を観て深く頷いた。連れ添った私の体験や思い出も無駄では無く、人生すら肯定された気分に、私は劇場で涙が止まらなかった。

ステージ4の膵臓癌では回復を前提とする治療の施しようが無い。じゃあ医者なんか要らないじゃないか、と言われればその通りですが、医療従事者が出来る事、ソレが「緩和ケア」身体的問題の他に、心理社会的問題、スピリチュアルな問題を含めた的確なアセスメントで、苦しみを和らげるアプローチ、コレなら出来ます。医師は患者に希望的観測と言う「嘘」は言いません。Dr. Saraは、混じり気の無い直球勝負で問い掛ける「私は薬が効けば治る、とは言わない」日本の病院ならクレーム殺到かも知れないが、Magimelも俳優教室で「瞬間を大切にして自分自身を曝け出せ!」見事に結び付く。

本作は映画用のフィクショナルですが、見てる間はソレを忘れる没入感が有る。邦画の様に恣意的に涙を誘うシーンも無く、寧ろ極めてアサヒのビールの様にドライに描かれる(笑)。一方で最近のフランス映画が忘れてた「Pathos」心に染み入る哀愁も思い出させてくれた。医師は生還させる事が仕事だが別な意味で日々別れの仕事でも有る。人の命が有る限り、此のテーマが終わる事は無い。

秀逸なのは本作の視点はMagimelではなくDeneuveだと言う事。取り巻く家族が主眼と言う医療テーマの作品は珍しく難しい。Deneuveは延命治療に積極的だが、ソレは生きてる側の勝手な願望で、最後まで戦うヒロイズムに過ぎず、寧ろ患者を苦しめてると、Dr. Saraの監修らしい視点が目を惹く「癌が勝利する時が近づいてきた」正に真理であり、治療と回復が見込める場合は徹底抗戦も望む所だが、延命が叶わない時「その先」を考える事も大切。本人が何処で死にたいか事前に話し合いも必要だが、日本では忌み嫌う方も多い。私の婚約者は病院で亡くなりましたが主治医は深夜で居らず、当直医の方に看取って頂きました。主治医と家族は一緒に戦った仲間と言えますが、哲学的なテーマを孕んで描かれた点にも括目して欲しい。

貴方が病気に為った時もマイナス思考に陥らず、想像力を自分の時間、残された時間に費やす為にも現状を正確にしっかりと認識すべきでしょう。何がプライオリティかは医師や家族では無く貴方自身で決める事。病気と言う現実を共有する家族と穏やかに臨終される方は稀です。本作に低評価を付ける方は人を本気で愛した事が無い、寂しい人生なのだろう。「自分事」として考える122分にして頂きたいと思います。

私を赦してほしい、あなたを赦す、ありがとう、愛している、さようなら・・・・・・。
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