ハル

遠いところのハルのレビュー・感想・評価

遠いところ(2022年製作の映画)
4.1
恐らく来年の賞レースを総なめにするであろう、是枝裕和監督の『怪物』よりインパクトを残す邦画作品となった。完成度は遥かに低く粗削りだけど、訴えてくる思いの強さが汲み取れる。
若年層の妊娠率が高く、低所得者の暮らしを斬新な切り口と赤裸々な描写で描ききった、見るのに覚悟が必要な物語。

心を引き裂く描写の数々に胸が張り裂けそうになる
あくまで一例、そんなことは重々承知の上だ。
それでも間違いなくそこにある『リアル』に言葉を失う。
子供と旦那がいてもトイレのドアを開けっ放しで排泄する冒頭…常識に対する『歪み』、16〜17歳の女性がだよ。
そして、話が進んでいくと、この何とも言えない違和感の連続に慣れてしまう自分もいた。
女優がチャレンジしたときに表現される「体当たり」というWord。
そんな言葉が生ぬるく感じられるほど、花瀬琴音の命をかけた役の投影。
グサグサ胸へと突き刺さる。

フォーカスが当てられているのは沖縄という島が持つ特異性、度々ニュースになる若年層の妊娠や子育て問題。
その多くは日本最下層の平均収入や自由気ままでおおらかな県民性が要因と言われているが実際のところはわからない(平均所得 東京438万円 沖縄 336万円 最低賃金 東京1072円 沖縄792円共に沖縄は全国最下位)

作品を見ていて強い不快感を覚えた箇所がある。
登場人物たちは大切な話をするときに必ずと言っていいほど『酒かタバコ』をやっているんだ。
社会人として、話を聞く姿勢に閉口させられると共に思いやりの気持ちのなさに軽蔑の感情を抱く。

暴力をふるい働かない夫、夫の実家に帰ればその母親は見知らぬ男を連れ込み生活。母親の男も気に食わないことがあると暴力をふるう…どこにも救いがない胸糞スパイラル。
間違いなく子供は被害者なんだけど、「だれかが悪い」というよりは彼女を取り巻く環境があまりにも酷すぎる。
この流れにハマってしまったら、夜の仕事しかしたことのないシングルマザーがまともな生活に戻ることが果たして可能なのだろうか?
そう思わせるほどに、感情を壊す破壊力があった。

よくさ、『中卒で弁護士』や『底辺学歴から東大』みたいな肩書があるでしょ?
実際にそういう方はいるしお会いしたこともあるけど、彼らは日本の学校システムに合わなかっただけでだいたいは「努力の天才」だったりする。
さらに元から能力も高い。
仮に、足し算引き算もできず字の読み書きも出来ない人が一定数いるとしたら、本当に厳しく、この主人公は現実の一つの姿に思えた。
好きなことなら頑張れるけど、そうじゃないものには頑張れない人のほうが圧倒的に多いからさ。
彼女には人生の選択肢が無さすぎた。

「15歳からキャバクラが当たり前」「風俗なら1日7万円稼げる」センセーショナルな言葉でデコレーションされていく残酷な世界。
必死に貯めた貯金はかすめ取られ、家族にも助けてもらえず、行政は形式的な保護のみ。
ここは本当に日本なのか…?
上映中、嗚咽するほど泣いている方がいた。そのくらい手加減のない描き方なので、鑑賞予定のある方は心して挑んでみてください。
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