しの

窓辺にてのしののレビュー・感想・評価

窓辺にて(2022年製作の映画)
3.4
稲垣吾郎というビッグネームを中心に据えてもなお今泉作品の世界観が崩れないのは流石だ。構造は『街の上で』同様、終始受け身で成長しない主人公の「無駄な時間」に関する物語だが、より超然としており、40代から10代まで幅広い愛の形が描かれる。そのぶん取っ付きづらさはあるかもしれない。

今回は主役の年齢層が高いのもあり、話のインモラルさが増している。どいつもこいつも不倫だの浮気だの。しかし爛れた感じがしないのは、皆そこに罪悪感を抱えているからだ。むしろ、それは大切な人に向き合えないからこそ発生する代償行為として強調される。そこに加えて、浮気されても怒れないという主人公。だいぶ異質な話ではある。

しかしこの異質さがラストで相対化されるのが興味深い。作中最も純粋な青年によって、本作自体が全否定されるのだ。つまり、この話は共感を求めていない。というか、届く人にだけ届けばいいというスタンスなのだろう。ではこの143分が全く面白くないかというと、むしろ短く感じるのだから不思議だ。

ここで発揮されているのが、今泉作品らしい「他人事」の面白さだろう。他者の立ち入った話に居合わせてしまったような気まずさとおかしさ。しかも今回は、聞き手である主人公自身も自分の感情を他人事のように眺めてしまうという性質があるので、ふわふわした心理状態がずっと続く感覚だ。

しかし、それまで他者に寄り添う聞き手に徹していた主人公は、やがて自身も「あなたはどうしたいの?」と問われることになる。そしてその末にたどり着くのが、結局のところ「きみのため」なのだ。徹底的な他者志向。つまり、彼が何らかの意識改革をするとか、そういう話にはならない。ここに今泉哲学がよく表れている。むしろ主人公のドラマにおいて最も重要なのは、彼が自分を変えるのではなく、ようやく理解するということなのだ。それは終盤、彼が小説を書くのをやめた(手放した)理由が判明することで達成される。主人公が手放したものが事後的に肯定されるのだ。それも、荒川があることを手放した産物たる小説によって。まさに「手放す」ことで「手に入れる」構図ではないか。

ここにきて、本作のキーワードである「無駄を大切に」が活きてくる。あれだけ好きだったのに、いざ浮気されても怒れない。ではそれまでの結婚生活は無駄だったのか? そんな問いかけが序盤でなされるが、考えてみればそもそも、そうやって悩んでいる時点で深い愛情があるのは明らかだろう。そのことに気づく過程も含めて豊かなのではないか、と本作は提示しているのだ。

この「過程」の豊かさというのは今泉作品における核で、本作ではそのものズバリ「贅沢」という言葉で表現されている。その意味で、パチンコのシーンは白眉だろう。考えてみれば、映画を観るのも時間と金を浪費する無駄で贅沢な行為だ。なぜ落ちたマスカットを拾う映像をわざわざ我々は映画館で観るのか。しかし本作は、そんな贅沢な時間を切り捨てずに捉えており、それ自体がテーマに接続している(今泉作品おなじみの構造だ)。他人に共感されるか、生産的かどうかなんてどうでもよく、その人がその人なりに選択をして自分を肯定してやれるまでを愛おしむ。3組のカップルが綺麗に別々の選択をするのも意図的なものだろう。

そう考えると、「光の指輪」を眺めるのも、「チーズケーキ(完璧なもの)」を食べる写真を眺めるのも、そこに確かにあった愛への切ない肯定といえる。それを踏まえて、ラストで主人公は何を注文するか。ここに彼のちょっとした肯定感が表れている。それは、他者志向の彼が、いわば自分のためだけに「無駄」な罪悪感を得るという、ちょっとした自分志向の行為だからだ。

とはいえ、やはり主人公が超然としていて異質だし、全体的に台詞回しも詩的になっていて、自分が今泉作品に求める生っぽさは薄れたといえる。その上さらに他者には理解しづらい着地点を見出すので、前述の通り取っ付きづらさは感じた。また、特に「女子高生とこんなシチュエーションで何も起きません!」といった村上春樹的シチュエーションへの逆張りだったり、その割にシャワーがどうたらの件があったり、随所に監督のヘキを感じたのもノイズだった。

そして今回思ったのは、『街の上で』的フォーマットを使えばわりとどんな話・座組でも居心地よく観れてしまいそうだということで、驚嘆したと同時に危険だなとも感じる。やはりあの作品は一つの到達点だったと再認識できた。となると、また別の到達点を観たくなるわけで、本作はどうしてもそこまでの何かという印象なのだが、その「過程」も含めて楽しみたいと思う。

※本作について語った感想ラジオ

【ネタバレ感想】稲垣吾郎のオトナな恋愛映画!『窓辺にて』の肯定力を語る https://youtu.be/W24fr5AtdPw
しの

しの