ずどこんちょ

クレイジークルーズのずどこんちょのレビュー・感想・評価

クレイジークルーズ(2023年製作の映画)
3.3
坂元裕二脚本の豪華客船を舞台にしたドラマです。
エーゲ海に向かう豪華客船で真摯に務めるバトラーの冲方の前に現れたのが、乗客の千弦です。
千弦は彼女の恋人が、婚約目前の冲方の恋人と浮気していると言うのです。真摯に乗客と向き合い続けてきた冲方が激しく動揺します。そんな中、客船では医療界の有力者が何者かに殺害される事件が発生。しかし、目撃者だった乗客たちはなぜか口裏を合わせて事件を目撃していないと言うのです。
ミステリーと、コメディとラブストーリーを組み合わせたエンタメ感の強い作品です。

主演はバトラー役が吉沢亮で、千弦役が宮崎あおい。主演二人のキャスティングは最高でした。大河主演経験のある二人がカッコよくて可愛いコンビを見せてくれています。

豪華客船の雰囲気が終始素敵で、殺人現場になった夜のプールの照明も、冲方と千弦がずぶ濡れになって同じ目的のために結託するシーンになるととても雰囲気が出ます。
どこを走り回っても絵になる豪華な世界観。豪華客船というだけで夢のある舞台です。

最初はよろめいて倒れかかってきた千弦を手を使わずに体で支えた冲方ですが、想いが伝わった時には同じ場所で手を背中に回してハグします。
その後の不思議な紙吹雪の演出は不要でしたが、しっかり冒頭で伏線を張っているのは上手いと思いました。

坂元節も健在です。
冲方が「浮気したも、しかけたも同じです。」と諭すのに対し、恋人と寄りを戻そうとしている千弦は「ご飯炊けたと炊けかけは違います。炊けかけじゃ食べれません。」と反論します。
緊張感のあるシーンにクスリとしたセリフで笑いを付け足す坂元裕二の独特の台詞回し。しっかり楽しめました。

劇中のキャラクターがいまいちハマらない人が多かった印象もあります。
セレブを気取っていて、バトラーにも他の客にも失礼な態度を取る映画プロデューサー。遺産相続が思うようにならず良くない企てを立てる夫婦。電波が通じないという理由でバトラーに土下座させるモンスターカスタマー。
乗客側が非常識で不道徳なのはまだストーリーとして受け入れても良いとして、問題は新人の女船長として着任した新しい船長です。お仕事密着ドキュメンタリーのクルーが取材しており、船長はとても見栄えの良い言葉を並び立てているのですが、いざという時、頼りにならないのです。
問題から目を逸らし、事なかれ主義で済ましてしまうのです。普通こういうテレビクルーが密着するほどの新進気鋭の女性船長となったら、カリスマ性があって事件や事故に対しても責任感を持って指揮してくれそうなものなのですが、彼女が嘘の証言をした目撃者たちの証言だけを信じて何もなかったんじゃないかと判断してしまったから、一度は事件が闇に隠れてしまうのです。
意外なのが、この役を演じたのが吉田羊であること。普段のイメージからこの役に通じないからしっくり来ませんでした。

一方、坂元作品常連の安田顕は圧倒的な気味の悪い怪演を見せてくれました。
悪巧みがうまくいった時の何食わぬ顔や、落ち着かなくなるとリップクリームを塗りまくる演出など、見れば見るほどゾッとするキャラクターになっています。
以前から同様に影のある役を演じることは多い俳優でしたが、どんどん気味の悪い雰囲気が板についてきた気がします。

坂元裕二ってもう50代後半の良いおじ様です。『東京ラブストーリー』や『ラストクリスマス』などのヒット作を生み出してきたラブストーリーの名手だと思いますが、それでもこの年齢で例えば二人で寄り添う影を写真に撮って付き合いたての恋愛を楽しむという感性を知っているのが若いと思います。いくつになってもその時代の感性に響かせる感覚を持ち合わせているのがすごい。
冲方と千弦の恋模様や、豪華客船の煌びやかな雰囲気、そして事件の裏で展開する少年少女の淡い恋模様。
ミステリーはそれほどシリアスに描かれず、むしろラブストーリー要素が満載で、軽い気持ちで楽しむことができます。
何よりオリジナルストーリーで坂元裕二の新作が見れたことはとても嬉しかったです。