幽斎

SHE SAID/シー・セッド その名を暴けの幽斎のレビュー・感想・評価

4.8
【幽斎的2023ベストムービー、ミニシアター部門第4位】
ハリウッドの超大物プロデューサーで、稀代のレイプ魔王Harvey Weinstein 71歳の性犯罪を暴いてピュリッツァー賞に輝いたニューヨーク・タイムズの内幕を映画化したスクープ・ドキュメンタル。アップリンク京都で鑑賞。

レビュー済「スキャンダル」FOXニュースの創設者Roger Ailesのレイプ加害もアメリカを揺るがす大問題に発展したが、今度は映画界の超大物プロデューサーのレイプ加害をインサイドから捉えた「その名を暴け#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い」新潮文庫刊。ベストセラーをアカデミー外国語映画賞「イーダ」Rebecca Lenkiewiczが映画用に脚本を書いたが、誰も監督に名乗りを上げる者は居ない。ハリウッド・スターAshley Juddが告発した事が発端で、彼女は本人役で出演。更にオスカー女優Gwyneth Paltrowも告発に加わりアメリカ全土に衝撃を与えた。本作には声で出演してるが、最近の彼女は疑似科学に基づくブランド「Goop」啓蒙に御執心で女優は休業状態。

Weinsteinは「イングリッシュ・ペイシェント」アカデミー作品賞。他にも「パルプ・フィクション」「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」非ハリウッド・スタジオとして数々の名作を生み出した。「恋におちたシェイクスピア」アカデミー作品賞と権勢は頂点を極めるが、裏で女優を個室に招いてレイプする犯罪を繰り返した。原作に依れば社内のスタッフや自社に出演する女優、若い女優志願者に数十年に及んでレイプを繰り返した。ニューヨーク・タイムズの記事が発端と為り「#MeToo運動」世界へと広がる。

「それでも夜は明ける」アカデミー作品賞に導いたプロデューサーDede Gardner。彼は原作を読んで「映画化するなら今だ!」同じ会社に所属する「ムーンライト」アカデミー作品賞に導いたJeremy Kleinerと映画化を企画。主演はレビュー済「プロミシング・ヤング・ウーマン」オスカー候補Carey Mulligan 38歳。Mulliganと実生活でもパートナーのZoe Kazanの祖父はアメリカ映画界の名匠Elia Kazan監督。大女優Patricia Clarkson。「ザ・ホエール」Samantha Mortonと豪華キャストが決まるが、肝心の監督の選考が難航。困った2人は制作会社の創始者に相談する。

Plan B Entertainmentは、ハリウッド・スターJennifer Anistonと当時の旦那で成立された非ハリウッド・スタジオ。Weinsteinのミラマックスと同じ立ち位置。元旦那にして現在のオーナー、ハリウッド・スターBrad Pitt 59歳。Plan BはCOVIDの直撃を受け、Pittは俳優からの引退を撤回、ヒット作に出演して自ら経営を立て直してるが、そりゃあ AnistonからWeinsteinの悪行は聞いてる訳で。Pittの家系はドイツ人の血を引くが、ドイツ映画「Aimée & Jaguar」ホロコースト犠牲者のアメリカ人ジャーナリストを描いた作品で、ベルリン映画祭銀熊賞のレビュー済「アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド」Maria Schrader監督に白羽の矢を立てる。

敵のWeinsteinでは無く「被害者」に捨て身でぶつかる姿勢が秀逸で、彼女達の熱意に口を開き確証を得た記事を世に広め、大勢の女性の魂の葛藤の物語は創られた。レイプとは、一方的な性欲と支配欲を満たす犯罪だが、女性は身体的な苦痛だけじゃなく、精神的な苦痛を伴い永遠に消える事はない。人格を否定され奪い取られ、魂まで殺す行為だと思う。Weinsteinは憧れを抱いて扉を開けた彼女達の未来と夢と笑顔を、権力で押し倒し力づくで欲望を満たす、虫ケラと呼ばれて当然だろう。映画はニューヨーク・タイムズの建物で撮影され、本物のオフィスを使用する初めての映画に。

彼女達は封建的なハリウッドの男性社会を「分ってる」映画に出て有名に成る為には仕方ない事だと、通過儀礼の様に自分を無理矢理納得させる事で、何とか精神状態を保った。アラサー独身の私から見ても、ソレは気の遠く成る様な気持ちだろうと、自分事の様に慚愧に堪えない。秀逸なのはWeinsteinに裁きを下すに留まらず、加害者側に有利な司法制度も改めさせ「子供の世代へ」同じ様な悲劇を繰り返さない為の世論への変化を求め、社会全体で考えるべきと訴えた。

本作は一部の隙も無い傑作なので本来なら5.0を献上したいが、減点した理由はPittは実所Weinsteinと懇意だった事は有名だし、告発に加わったPaltrowと交際した過去は周知の事実。本作で露見した悪事を知らないとは言わせない。Angelina Jolieとの離婚申請から6年経って、虎の子の本作のPlan Bの買い手まで探す程、騒動は泥沼化。深読みすれば「私は女性差別とは無縁です」せめてもの罪滅ぼし、かもしれない。

日本なら「臭いモノに蓋」で終わるだろうが、アメリカは契約社会なのでレイプ被害後に納得しない彼女達(する訳ないだろ!)口止め料を渡して示談に応じる様に迫り、秘密保持契約にサインさせ、刑事的にも民事的にも彼女達を沈黙させた。その後の彼女達の人生は生きた心地のしない、抜け殻の様な人生だったろう。「#MeToo運動」は個人社会と言えるアメリカ人に「悪い事には声を挙げて良い」と気付かせた。秀逸なのは「スキャンダル」の様な性的行為を連想させず、音声のみを流すに留めた。監督の同じ過ちは二度と繰り返さない、強い決意を感じた。今度こそ終止符が打たれる事を切に願う。

「性加害」日本にもWeinsteinと同質、いやもっと悪質な性犯罪者が居た。ジャニーズ事務所のジャニー喜多川。日本の対応に業を煮やした国連人権理事会は、2023年7月に被害者への聞き取り調査をする為に来日。ジャニー喜多川を追及すべきマスメディアは忖度して沈黙。国連に罪に加担したと言われても弁解出来ない。岸田政権も「芸能界の特殊な話だろ」程度の認識で全く危機感が無い。一方で良い動きも有った。110年振りにレイプを罰する強姦罪から、2023年7月「不同意性交等罪」成立。同意の無い性行為は「例外なく」犯罪と言う法の強い意思の表れ、正しく施行されればアメリカよりも強い権限を持つ。或る意味で一番の加害者はNHKだと私は思うのだが。

「声を上げる」権利を主張する事の大切さを教えてくれた。庇う大人達も同罪なのだ。
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