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地下室のヘンな穴のnetfilmsのレビュー・感想・評価

地下室のヘンな穴(2022年製作の映画)
3.9
 すっかり草臥れた様子の中年夫婦が終の棲家を探そうと、モダン建築の内覧会へやって来る。これだけでも最高に面白い切り口だが、案内役の不動産業者は購入すべきかどうか迷っている夫婦に、とっておきの「秘密」をそれとなく伝えるのだ。『地下室のヘンな穴』というタイトルで察せられるように、この穴が夫婦関係すらも大胆に変えてしまうのだから恐れ入る。スパイク・ジョーンズの『マルコヴィッチの穴』や『不思議の国のアリス』、石井岳龍(石井聰亙)の『TOKYO BLOOD』の一篇、それに変化球である『キラー・メイズ』を例に出すまでもなく、穴というのはしばしば主人公の「精神疾患」のメタファーとして繰り返し用いられて来た。今作ではこの不思議な穴を有する家に引っ越してきてからというもの、まずアラン(アラン・シャバ)の妻のマリー(レア・ドリュッケール)の精神が破綻をきたす。次いでアランの友人で会社の社長でもあるジェラード(ブノワ・マジメル)の可笑しな病巣すら徐々に顔を出すのだ。アランとマリー夫婦と、ジェラード夫婦の食卓での会話はさながらロマン・ポランスキーの『おとなのけんか』で、歪な会話の雰囲気と流れは今作の独特のアイロニーを醸し出している。

 終の棲家を見つけた幸せな夫婦は然しながら互いに同じ時刻を殆ど共有することがない。夫婦の間にもはや愛の営みはなく、それ自体が妻を妄執に走らせたのかどうかは定かではないが、妻はひたすら老いに抗おうとする。モチーフとなるのは彼女の美しい姿を見せる鏡であり、キッチンに置かれた黄色いリンゴに他ならない。セールスマンとして日夜胃の痛くなるような激務をこなすアランとは対照的に、マリーは日々ずっとこの家を守りながら暮らす他ない。幸か不幸かこの夫婦には子供もおらず、マリーにとって宿り木となれる対象はアランの情熱的な愛情なのだから。一方でジェラードの夫婦も最初から破綻する予兆を随所に感じさせる。徐々に不能に近付いて行くのが中年男性の悲しい性だとするならば、アランはそれに極力抗わぬことでしばしば妻のマリーを失望させ、逆にジェラードは電子の力により上辺だけの男根社会の絶対的王者として振舞おうと躍起になる。あのミヒャエル・ハネケの『ピアニスト』やクロード・シャブロルの傑作『石の微笑み』に出演したフランスきっての伊達男ブノワ・マジメル様がいつ登場するのかとドキドキして観ていたら、思わずスルーしてしまった。だって当時の面影がまったく感じられないんすよ 笑。腹は出てるし、ちょび髭生やしてちょい悪オヤジにしか見えないルックスは顔だけ見れば「確かに言われてみれば」だけど、それにしても違い過ぎる。20年の時の変化はかくも残酷なのだと思い知る。

 監督のカンタン・デュピューの名前には聞き覚えがあり、しばらく考えたものの出て来ず調べたらMr. Oizoの名前で90年代後半から活躍した人物だと知りびっくり。アルバムもシングルも全部持ってる。DAFT PUNKと同時代のフランス4つ打ち文化を牽引した才人で(DAFT PUNKはHOUSEで、Mr. OizoはTechnoだが)、近年新作の話をあまり聞かないと思ったら、映画監督へ華麗なる転身を果たしていたらしい。ローラン・ガルニエとかセバスチャン・テリエのM.V.も手掛けている才人です。いかにも異業種監督らしい斬新な視点とアイデアが魅力的だが、クライマックスの駆け足具合が何とも残念で、74分の映画の後半を丁寧に描写して95分くらいが丁度良い映画ではなかろうか。それを加味しても設定や題材が圧倒的に面白く、最期まで飽きさせない。
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