こなつ

とべない風船のこなつのレビュー・感想・評価

とべない風船(2022年製作の映画)
3.8
公開当時、逆さまを向いているポスターが気になっていたものの劇場で鑑賞出来なかった作品。

2018年7月に発生した西日本豪雨による土砂災害を題材に、被災地出身の宮川博至監督の長編デビュー作。

豪雨災害から復興が進む瀬戸内海の島を舞台に、それぞれ心に傷を抱える男女のぎこちなくも優しい交流を綴ったヒューマンドラマ。

風船は何故とべないのか?一度離したら戻らない幸せとは何か?独特なジャケ写に魅せられて、静かに流れる映像に心を傾ける。

疎遠だった父(小林薫)に会うため島にやってきた凛子(三浦逸子)は、教師の仕事に挫折した事がきっかけに自分の進むべき道を見失っていた。豪雨災害で妻子を失って立ち直れない漁師の賢二(東出昌大)と出会うが、心を閉ざしている二人は上手くコミュニケーションが取れない。島の人々に見守られながら少しずつ親交を深めていく。

賢二はいつも庭の物干し竿に黄色い風船をくくりつけ、決して飛ばさない。死んだ妻の母さわ(原日出子)の言葉で、彼が何故そうしているかを察する。いつまでも待っている、いつまでも忘れない、名作「黄色いハンカチ」とは違い、もう二度と戻らないとわかっている人をひたすら待つ心が切ない。遺骨を家に置いたまま、彼にとってそれが心の拠り所になっているのが辛い。妻子の死が自分にも責任があると感じている憲二は苦しみ続けていた。

お互いに傷を抱える二人が、不器用ながら何とか再生して行こうとする姿が描かれていて胸が熱くなる。決して距離が近くなる訳ではないが、島で起きたちょっとした事件がきっかけで、ぎこちないながらも少しずつお互いを理解していく。他人の優しさを素直に受け入れ一歩を踏み出そうとする姿に、重い過去を振り切るのは簡単ではないが生きている彼らは前を向いて欲しい。

東出昌大がスキャンダルで日本中の女性を敵にまわした時期、友人が「あんな声でセリフも棒読みで、演技も上手くないからこんな事になったら終わりだよね」と言っていた言葉を思い出す。決してそんなことはなかった。寡黙で悲しみを抱えた漁師賢二を東出は身体から滲み出る演技で見せ、惹き付けた。もしかしたら一度失ったら決して戻らないという彼自身の経験からあの演技に繋がったのかもしれないとすら感じるほどの自然体だった。「ドライブ・マイ・カー」「そばかす」など独特な雰囲気を持っている三浦逸子は、どんな役でも観る者の心を揺らす。小林薫、浅田美代子など脇を固める役者達の安定感が物語を引っ張る。

人生には思いもよらぬ悲しみに出会ったり、辛い別れがあったり、心が病んで立ち直れないことがあったり、何事もなく生きていることが普通ではない日々を過ごしている人達がいるのだと改めて痛感する。

多島美の瀬戸内の景色は素晴らしい。どこまでも続く青海原と鮮やかな空色、夕暮れの黄金色の輝きにすら心奪われ、深く沁みた。
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