ピースオブケイク

とべない風船のピースオブケイクのネタバレレビュー・内容・結末

とべない風船(2022年製作の映画)
4.1

このレビューはネタバレを含みます

自然災害の多い日本で暮らす以上、我々は常に被災のリスクを背負って生活している。あの時、俺が迎えに行ってれば…、悔やみ切れない想いを抱えつつ、最愛の妻と息子を豪雨災害で亡くした漁師の憲ニを東出昌大が熱演。2018年7月に発生した西日本豪雨による土砂災害をモチーフに制作されているが、入念に行われた現地取材で掴んだ事実を脚本に多数取り入れているとのこと、実話ではないものの非常にリアリティのある映画に仕上がっている。

多島美が連なる瀬戸内海の島に住む父に会うため、仕事で挫折して心に傷を負っている凛子(三浦透子)が島を訪れるところから物語がスタートする。無口で暗い憲二を、最初は怖がり敬遠するが、実は実直で頼り甲斐のある男だということ、そして亡くなった母とも親交があったことを知り、一気に距離が縮まる。憲二は実は凛子の母さわ(原日出子)が亡くなる前に残した言葉に勇気づけられていたことを知る。「自分はもう長くない。先にあっち行ったら、憲二の家族に待っとくように言うとく。そのかわり生きろ。ちゃんと生き続けろ。」自分がもうすぐ死ぬという時に、放っておくと死んじゃいそうな憲二を勇気づけたかったんだろう。憲二もそれが胸に突き刺さったんだと思う。だから、毎日、泣いて暮らしているし、生きる目的もわからないんだけどとにかく生き続けている。

憲二の義理の父、豪雨災害で亡くなった妻の実父(堀部圭亮)は、ぶつけようのない悲しみを、何の罪もない憲二にぶつけていたが、ある夜、2人の遺骨の前で泣いているのを聞いてしまう。「頼むから憲二に自分の幸せ考えるようにしてやってくれ。」 堀部さん、上手い、そしてズルい…。

凛子の父親繁三を演じる小林薫が相変わらずいい味を出している。定年まで教師を勤め上げた繁三、本当はわかっているんだけどわからない振りをしている、常にスキを作りいつでも突っ込んでもらえる感じ?そういう親しみ易さが滲み出ていている。病室で凛子が教師時代に鬱になったことを打ち明けた時のやり取りが好き。核心をついていると思う。「そういう時は一人で背負い込まないことだ。教育ってのは先生一人で成り立つもんじゃない。子供たちが良くなるのも悪くなるのも、成功するのも失敗するのも、先生一人のせいでも責任でもない。だから、そういう時は周りの力に頼ること。」「もっと早く聞けば良かった。」「あとな、適度にサボること。」「え?サボる?」「そう、やり過ぎない。サボる!」「定年まで教師した人がそんなこと言う?」「だから、定年まで続けられたんだよ。」

この2人は恋愛感情を抱くところまで行ったのだろうか。もしかしたらお互いに惹かれていたかも知れないし、この先の展開が続くのかも知れないけど、少なくともこの映画の中ではそんな安直な結末でなくって良かった。

あと、小料理屋の女将マキを演じた浅田美代子、回想シーンだけだが凛子の母を演じた原日出子のほっこりする優しい演技も良かった。

とてもいい映画だった。