シズヲ

Pearl パールのシズヲのレビュー・感想・評価

Pearl パール(2022年製作の映画)
3.8
オールドスタイルのクレジット、冒頭もラストもワクワクしてしまう。明朗な色彩も何処となく古典映画のような雰囲気がある。『X』の前日譚みたいだが、単体でも十分見れる作品なので安心だ。監督としては『何がジェーンに起ったか?』が着想にあるらしいのが印象的で、マーティン・スコセッシが本作を褒めてるらしいのもちょっと納得がある。猟奇的殺人者ではあるけど、『キング・オブ・コメディ』のルパード・パプキンの系譜っぽさもあるんだよな。

シシー・スペイセクの『キャリー』見たときはホラー描写がどうこうというより「キャリーが可哀想」という気持ちが真っ先にやってきたが、本作も概ねそんな感じの気持ちである。パールは結構素で殺人と性欲の破壊的衝動を抱え込んでるとはいえ、少なくとも家庭環境に起因する抑圧と愛憎こそが彼女の根幹の大部分を形成している。彼女が発露させる無垢な狂気も、あの環境が引き金となっているように見える。

1910年代のアメリカの片田舎が舞台になっているものの、親/家庭の抑圧・介護生活・疫病の流行・アイデンティティーへの執着など、作中で映し出される閉塞感は明らかに現代にも通ずる観念として描かれている。それに加えて序盤からパールを取り巻く抑圧がじっくりと描かれるため、彼女の衝動にも一定の同情や感情移入を抱いてしまう。まぁ義妹も映像技師も完全に被害者なんだけどね。

スラッシャー的な楽しさを期待すると肩透かしを食らってしまう感は否めないものの、夢に届かぬパールの悲哀と翻弄を軸足にして見れば十分に楽しめる。どんな過激な演技よりも、終盤の長台詞やラストの悲痛な笑顔が鮮烈に焼き付く。オーディションでの生き生きとしたダンスの様子は、彼女が一時でもスターになった瞬間のようでしんみりする(その純真さえも「ブロンド女」を求める審査員によって容易くねじ伏せられるのが悲しい)。

作中で描かれるミニマムな女権社会の様子も印象深い。母親は母性を以て娘を高圧的に支配するが、そんな彼女は不具の夫を献身的に介護せざるを得ない。女権的家庭の支配者にさえ根付く抑圧の構図。それまでは憎たらしささえ感じられた母親が自分の本音を吐露する場面には遣る瀬無い哀愁が滲み出る。そしてパールもまた同様の抑圧を背負い、母親と“同化”してしまっていたことが伺える終盤の一連の台詞。それでもなお母と娘は不具の夫/父を愛しているし、パールが自らの抑圧の根幹にいる夫との生活を“受け入れる”のが何だか切ない。

前作の主人公達は“ポルノ映画の撮影”を目的としていたらしいけど、本作ではパールが「いずれ人間の本当の姿を観客が求め始める」として最初期のポルノ映画を見せられるシーンがあるのが何だか示唆的で面白い。思えば作中における“映画”とはパールが追い求める幻想だったけど、ポルノ映画のシーンによってある意味でパールの本質も炙り出していた。
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