真田ピロシキ

ぬいぐるみとしゃべる人はやさしいの真田ピロシキのレビュー・感想・評価

3.8
セクシャルマイノリティの話と思ってたら主題ではなかった。大学のサークルで何をするでもなくただぬいぐるみにシンドさを話しかける人達。他の人の話を聞くのは厳禁。サークルとして行う意味はあるのかと思うかも知れないが、同好の士とゆるく繋がってることも大切なのだろう。ぶっちゃけると美少女フィギュアに囲まれてる人と大差なくも見えるが、この人達には初音ミクと結婚したで収まらずアンフェ活動で醜い自己顕示欲を露わにしてる人のような有害さはなく、これを肯定するのを悪くは思わない。

だが、やはりそれじゃヌルすぎるし弱さを否定しないと言っても不健全な印象は拭えない。そんな中、ある時突然大学に行かなくなった麦戸さん(駒井蓮)が自室で啜り泣きをしながらこぼす。「自分は優しいと思ってたけど本当は弱いだけじゃないか」と。また、ぬいサーの中で唯一ぬいぐるみと話さない白城さん(新谷ゆづみ)は女性差別などの不条理を「仕方ない。世の中はそういうもの」と割り切ってて、他にも「優しさは無関心に過ぎない」という言葉が出てくる。こうなるとただゆるく"優しさ"を全肯定した話ではなくなる。

ぬいぐるみと話す人達が見せる優しさの裏にあるのは本気で様々なことに心を痛め時に憤り、だがそれをリアルの人に話したところで自分も相手もシンドい思いをするだけという諦念。レズビアンの部員は「彼女います」と答えたら尊重してますよみたいな空気になってウンザリした。差別的な対応を取られずともこういうのも嫌なのは想像に難くない。自分もそのような場に居合わせたらそうならないか自信がない。またアロマアセクシャルの主人公 七森くん(細田佳央太)は地元で恋バナに興味ない返しをしたら「絶対童貞だろ」とからかわれて、彼に取っては恋愛感情がないことを異常だと気に病み試しに白城さんと付き合ったが一緒に寝ても何も感じなかったほど深刻なコンプレックスだったために心が大きく削られる。心の中では思いっきり言い返しているのを空想上のぬいぐるみが耳を塞ぐのが生身の人間に対する希望のなさを表す。そんな彼らだったが七森くんが引きこもっていた麦戸さんの話を真剣に聞いたように、逆に麦戸さんも話を聞くことで頑なだった心を解きほぐす。そしてぬいサーは新入生に対してまず話を聞くようになってて、それも嫌ならぬいぐるみに聞いてもらっていいと少し活動の幅が広がる。物語を締めるのは白城さんの語り。相変わらず現実は厳しくて優しさが通用する場所は少ないと思っているが、それでも七森くんや麦戸さんのことは大切に思っててきっと彼女は厳しい世界での味方になってくれるのであろう。やはり彼女も優しい人。トライアル彼女にされても怒らず正直に恋愛感情がないと言われたら「そういう人もいるよ」と言って以前通りに友情を抱ける人です。様々な人間模様を描けている本作は優れた映画と感じた。

そんな優しい映画を映画祭でオッサン客が監督を問い詰めて勝ち誇ってたというのは優しくない日本を如実に表していて、白城さんが言うヘルジャパンの本領。暇アノンのゴミカスどもに見られるように若い女性叩きは日本の娯楽ですもんね!こういうことを男性の自分が言う居心地の悪さも作中における七森くんの台詞で語られてて広く見えてる。

限定的に刺さるネタでは七森くんと麦戸さんがストリートファイターをプレイするシーンがあり、ブランカとユリアンらしきキャラでただピョンピョン飛んでいた。『拾われた男』のストⅢや『来る』のスマホKOFなど突然格ゲーが映って驚くことはあったが、本作のは野蛮に殴り合うのが目的の格ゲーでただ楽しそうにジャンプしてるだけというのが物語のテーマにもどことなく合致してて面白い演出。原作には多分ないだろうからこれは良いセンスしてる。しかし何故格ゲーなんてニッチなジャンルなのだろう(笑)