Kei

美と殺戮のすべてのKeiのレビュー・感想・評価

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
4.4
UPLINK吉祥寺にて鑑賞。
社会における様々な偏見や烙印と戦い、そしてアメリカにオピオイド中毒を引き起こした元凶であるサックラー家及びパーデュー社への抵抗を行う写真家ナン・ゴールディンを描いたドキュメンタリー映画。
ナンの姉であるバーバラはレズビアンである事を打ち明けるが、親を含めた当時の社会からそうした性的指向が受けられられなかったことから自殺をする。
姉が抱えた社会への不適合問題に問題意識を発したからか、ナンは姉の死後ゲイカルチャーを積極的に取り上げた作品を世に送り出す。
また、クッキー・ミューラーを始めとした友人がエイズに罹患したことに端を発して、エイズに結びつく偏見を排するためにエイズ患者を取り上げた作品群を発表する。
このようにナンは自身が密接に関わった出来事から抱いた問題意識を写真という表現手段に落とし込み、偏見や烙印を抱く社会を変えるために挑戦を続ける。
批評家からはナンの作品群は単に事実を映したものでありアート、表現とは言えないと批判されるが、ナンは自身と密接に関わった体験を記録し伝えるためのものである「写真」が社会に与える価値を信じ、写真を撮り続ける。
ナンはこのように写真を媒介として社会に語りかける一方で、活動家としての一面も持つ。
P.A.I.N.という団体を立ち上げたナンは、大手製薬会社パーデュー社が製造するオピオイド系鎮痛薬であるオキシコンチン中毒問題に取り組んでいる。
オピオイド中毒によるアメリカでの犠牲者は2021年で約10万人に達し多額の経済損失を生んでいるとされている。
こうした問題の元凶であるパーデュー社及びその経営を担っているサックラー家に抗議するためにP.A.I.N.が行ったデモの例として、METにて、美術館や博物館がサックラー家から寄付金を受け取らないことを求める抗議デモがある。
こうした抗議デモは様々な国や美術館で複数回にわたって行われ、その甲斐があってMET、グッゲンハイム美術館、ルーヴル美術館、テート・モダンなど世界の名だたる美術館はサックラー家からの寄付金を受け取らないことを表明した。
この映画を鑑賞して、ナン・ゴールディンの写真に対する姿勢とデモの力強さ、そしてアメリカにおける司法制度の欠陥が強く印象に残った。
上記したように、ナンは自身の芸術が批評家から「アートではない」と批判されながらも社会を変革する可能性を秘める価値あるものとして写真を位置付け世に発表している。
たとえ世間から批判されたとしても自分が正しいと思ったことを貫くそうした姿勢は尊敬出来ると思った。
また、デモの力強さも本作で強く感じることが出来た。
ニュースではよく環境保護団体などが美術館で環境保護を訴える印象的なデモを行っている様子を見る。
こうしたニュースを見る度に、このようなデモの効果は0ではないと信じつつも「果たしてこれで世間は大きく動くのだろうか」という疑念を持っていた。
しかし、ナンなどが行ったパーデュー社、サックラー家への抗議活動の努力は世界中の有名美術館からその名が消されるという形で結実したことを知り、市民の小さな力で巨大権力に勝つための手段として美術館などで行う印象的なデモは非常に有効なのだと知った。
また、パーデュー社がオキシコンチン中毒の被害者に対して和解金60億ドルを支払うことで創業者一族が民事免責されることが連邦破産裁と連邦控訴裁により認められたという事実は、アメリカの司法制度の欠陥を如実に表していると考えた。
しかし、この点に関しては現在司法省がこの決定の無効化を求めて最高裁に上訴しているため、アメリカの司法が最終的にどのような結論を出すのかを注視しようと思った。
総じて、ナン・ゴールディンという人物や彼女によるアート、アメリカにおける深刻なオピオイド中毒問題やそれに付随する問題など、自分の全く知らない領域を知ることが出来たため鑑賞した価値があったと思う。
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