寝木裕和

美と殺戮のすべての寝木裕和のレビュー・感想・評価

美と殺戮のすべて(2022年製作の映画)
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少し前に「音楽に政治を持ち込むべきじゃない」とかいう主張を、ネット界隈で見た。

そんな人にこそ、観てほしい作品だった。

音楽でも、映画でも、写真でも。
権力を持った者の暴力的搾取に声を上げ、なにかを変えるきっかけになり得るということの証明。

サックラー一族によるオピオイド危機、それに対する写真家・ナン・ゴールディンたちの勇気ある抗議行動が途轍もない。
しかしここまでに、それ以上の苦痛や絶望を味わされてきたということなのだ。

自分たちの私利私欲のために、多くの患者が依存症に苦しんだり中毒死したという事実。

ナン・ゴールディンが、80年代後半〜90年代のエイズ問題に対しても、彼女の作品を通してそれをテーマにして社会問題になったり、本作で取り上げられているオピオイド危機にしてもそうだが、ではなぜ彼女が常にそういった問題と闘いながら作品作りをし続けているのか。

そのことが、彼女の幼少時代の体験… 殊に、仲の良かった姉・バーバラの自死によるところがかなり大きいということが明かされる。
終盤の、当時の担当医によってバーバラについての症状が詳らかにされるところは、思わず涙が溢れてしまった。

「偏見」と「差別」に殺された、バーバラ。

しかしそこに追い込んだとも言える両親… 特に母親のことを、絶対的な悪の人とは、捉えていないように感じたのだ。

つまり、「偏見」と「差別」は誰の心にもあるのだと。

ナン・ゴールディンは作中、両親のことを「子どもを育てられもしないのに、一見普通の家庭であるようなものを作ろうとした。」みたいなことを言っている。

「普通」であれ、という社会的偏見。

ここには、サックラー一族によって中毒にさせられた者への、社会的な差別〜偏見をも示唆しているのだろう。

そう、かつてのエイズに対する偏見や差別と同じ。

とても哀しい事件にフォーカスした作品だが、鑑賞後、いろんなレイヤーで自問自答することにもなる深淵さも大いに感じた。
寝木裕和

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