まめもやし

バルド、偽りの記録と一握りの真実のまめもやしのレビュー・感想・評価

3.8
東京国際映画祭の舞台挨拶にて、イニャリトゥ監督は「理論スイッチをOFFにして、感じてみてください」と語った。

その言葉の通り、本作は理解しよう、分かろうとする映画ではない。本作の主人公はジャーナリストであり映画製作者。現実と夢の世界を往来する様子は“映像の魔術師”フェデリコ・フェリーニ監督の『8 1/2』を考えずにはいられない。

米国が誇るアカデミー賞で2度監督賞を受賞したメキシコ出身のイニャリトゥ監督にしか描けない内省的で半自伝的ともいえる本作。言ってしまえば、万人向けの映画ではなく、理解しようとすると退屈に感じてしまうのは間違いない。(実際、睡魔に敗れた人も少なからずいた)

しかし、制作まで6年を費やし、65mmフィルムで撮影された映像の美しさは言うまでもなく素晴らしい。(撮影監督は『愛、アムール』『ミッドナイト・イン・パリ』のダリウス・コンジ)

『バードマン』のワンカットのシームレスな映像、『レヴェナント』の自然光のみの撮影、それらを組み合わせたような『バルド』のルックは、浮遊感のある独創的で美しい映像体験をもたらしている。夢と現実を行き来する様子は、さながら監督の記憶の中を旅している感覚だ。

チベット仏教の教典「チベット死者の書(バルド・トゥ・ドル・チェンモ)」に由来すると言われるタイトル。「バルド」とは、死んだあと輪廻転生して新しい命が宿るまでの「中有(日本でいう四十九日)」のこと。まさにその精神世界を映像で表現していると考えると、一人の人間の魂と同化したような感覚だ。

「成功が私の最大の失敗だった」

偽りの記録からみえる一握りの真実。人生はままならない。フェデリコ・フェリーニは『8 1/2』で「人生は祭りだ。共に生きよう」と締めくくった。後悔に満ちた『バルド』だが、そんな人生でも「あなたがいなくなったら寂しい」と言われたようなイニャリトゥ監督の人間讃歌を感じた。

余談だが、会場となった有楽町よみうりホール、非常灯が煌々と輝き、暗い場面の多い本作のため、非常に見づらい環境で残念だった。本作、一部劇場公開でNetflix配信がメインだが、ドルビーシネマなどの環境でこそ観たい映画。公開は一部劇場のみだが、Netflixで本作を楽しむのは厳しい気もするのが本音だ。
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