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エターナル・ドーターのきのレビュー・感想・評価

エターナル・ドーター(2022年製作の映画)
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『スーベニア』2部作をみていないけれど、まぁなんとかなるかという気持ちで『エターナル・ドーター』を見にいく(ほんとうは『Showing UP』が本来の目的だったのに、『エターナル・ドーター』を見終わって次の『Showing Up』のチケットを取ろうと思ったら、ふつうに混んでいて、隣に人がいないところが最前列しかないという不運のために『エターナル・ドーター』だけを観るひとになった)。深い霧につつまれていて、夜になったらいろんな場所できしむ音がする不穏な雰囲気の洋館、というゴシック要素が大好きなので、冒頭から見ていて楽しい上に、暗闇のなかで佇むティルダ・スウィントンがかっこよく、きちんと映画館で見てよかったと思えた作品だった。

冒頭、霧の立ち込めた森のなかを一台のタクシーが走る。そのなかには、年老いた母、愛犬、そして映画監督の娘。タクシーの運転手は、館の前で写真を撮ったら、人がこっちを見ていてゾッとしたから、普段は近づかないようにしてるんだと話をしていた。ホテルは、かつて母ロザリンドの伯母の家だった場所だったらしく、第二次世界大戦時にはロザリンド自身、ここに疎開していたらしい。母が「楽しい思い出がたくさんある」というこのホテルに連れ出したジュリーは、母の映画を作ろうと画策している。ただ、屋敷は、冒頭からたいへん薄気味悪く、宿泊者がいないはずの上階から足音がする、電波は届かず、コンシェルジュは無愛想で、隙間風の音が異常に鳴り響く。屋敷の不気味さを気にしているのはどうやらジュリーだけらしい。それに、母はここでの悲しい思い出も思い出すことになり、このホテルにずっと勤務しているビルも「楽しい記憶も悲しい記憶もここにある」という。娘は母に気を使い過ぎていて、母はそんな娘にうんざりしつつも感謝している。理想的な親子というには、すこし不穏な関係性にも見える。その上、母と娘は、おなじショットに収まることもなく、同じ空間にいるときもひたすら切り返しショットが繰り返されていて、一人二役だからなんだろうけど、やっぱり変だよと思っていたら、周到に避けられた構図が現れるとき、幽霊屋敷の謎も、不思議な母娘の関係もようやく明らかになる。身近にいるわかりえない他人(と、同じように自分のことなのに驚かされたりする自己)の恐ろしさがホラーになっていたのかと腑に落ちるとたいへんおもしろい映画体験だった。唯一の家族がいなくなること、その恐ろしさ、永遠に娘なのだということ。「愛の渇望」は、意外と自分も気づかないところで沼になっていることってあるよね。
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