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蟻の王のnetfilmsのレビュー・感想・評価

蟻の王(2022年製作の映画)
4.2
 1960年代イタリア、ポー川南部の街ピアチェンツァ。詩人で劇作家であり、蟻の生態研究者としても知られるアルド・ブライバンティ(ルイージ・ロ・カーショ)が主催する芸術サークルには、未来の夢を持った多くの若者が集っていた。青年たちの活気溢れる姿はジャニー喜田川の性加害問題と似たような事件がほとんど同時代にイタリアでも起きていたことを記す。アルドは数十名の若者の中で、兄に連れられこの地にやって来たエットレ(レオナルド・マルテーゼ)と直感的に惹かれ合う。それは感性の応答とも呼ぶべき崇高なもので、二人は昼も夜もなく芸術の話に華を咲かせていた。それは類まれなる師弟愛に他ならない。画家になることを夢見たエットレ青年は兄のアドバイスなど聞かず、ひたすらアルドの感性に耳を傾けるのだ。やがて二人はローマに出て生活を始める。しかしエットレの家族は二人を引き離すため警察に通報、アルドはファシスト政権下に成立した教唆罪で逮捕され、エットレは矯正施設に送られ、同性愛を治療するための電気ショックを幾度となく受けることになる。配給のザジフィルムさんの冒頭のことわりにもあったように、この描写は思わず目を逸らしたくなるほどドギツイ。だが同性愛は病気ではないから、治療と称した電気ショックも意味を為さない。

 『カッコーの巣の上で』を例に出すまでも無く、かつては精神病棟でもこのような電気ショックによる人権侵害がまかり通っていた。母親と兄は弟を羽交い絞めにし、人攫いのような手荒なやり方で弟の同性愛を詰った。60年代といえばLGBTQIA+への社会の認知度などほぼゼロだった時代だから、矯正治療を行えばヘテロ社会に馴染むことが出来ると本気で考えられていた節もある。今作の印象深い台詞で、母親にとって一番悲しいのは子供に嘘を付かれたと気付いた時だとあるが、公然の秘密を嘘と取られたら息子は母親にただただ詫びるより他ない。然しながらその家族の愛情こそが性差に苦しむ彼らにとって負い目となる。全てはムッソリーニの「我が国には同性愛者はいない、ゆえに法律もない」という事実誤認から来る声明に全ての歪みが含まれていて、その制度上の歪みに翻弄されたアルド・ブライバンティのような人物もいたのだ。エットレへのひた向きな眼差しそのものは然しながらその他大勢への性加害は事実として在ったようで、現にエットレの兄は常に憮然とした表情を抱えながら、いずれお前もこうなるとまるで未来のエットレの姿すら予想していた感すらある。自身もゲイをカミング・アウトするジャンニ・アメリオの格調高いフレーミングは真に圧倒的で、芸術大国イタリアの意識の高さに彩られた圧倒的な気品が全編に渡り漂っている。
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