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蟻の王のkuroのネタバレレビュー・内容・結末

蟻の王(2022年製作の映画)
4.5

このレビューはネタバレを含みます

2024/3/8 新文芸坐で「パトリシアハイスミスとその時代」特集にて鑑賞。物語の舞台は1960年代、イタリア。パンフレットにはこう書いてある『我が国には同性愛者はいない、ゆえに法律もない。ムッソリーニ』と。とはいえ、観ているとどうやらエットレの兄も、アルドとエットレの関係に嫉妬しているような描写があったり、裁判でアルドと恋愛関係にあった?と思われる人物が、アルドに唆されたと証言する場面もあったり(彼は嘘をついているように思えなかった。家族でもないし、嘘をつく動機がない)、同性愛は身近にあったようだ。しかし同性愛を矯正する施設が存在したり、記者が解雇されたり、アルドの母親が村八分にあったり、見ていて辛くなるような社会の状態。デモ活動や、エットレの減刑、教唆罪での逮捕はアルド前にも後にもただ1人、ということを考えると、差別する人とそうでない人が入り混じる、過渡期であったのだろう。そんな中で、母親の仕打ち。ひどい電気ショック療法で息子から生気がなくなっていくのを見て、抱き締める母親。検察官の質問もひどい。ヒラヒラした衣装もイライラした。坊主憎けりゃ袈裟まで憎かった。(母親と検察官、◯なないかな、エットレの代わりに刺してやりたい)とかなり本気で思った。

冒頭、母親のまるで宇宙人の生活を眺めるかのようなおそるおそるとした表情と動き、言葉はないが不穏な静けさで、一気に引き込まれた。とても印象的なオープニング。ラストの天気雨と再開のシーンはかすかに切なく、ひたすらに美しい。ラストだけでなく、愛についての詩を語り合う2人のシーンはいくつかあるが、どれもシンプルで自然で過多ではない。盛り上がりに欠けるが、その淡々とした映像こそがこの作品ならではだと思う。面白い映画かと言われれば、そうでもないが、面白いだけが高評価とは限らない。

それとパンフレットを読んで気づいたことがあり、読まずにいたら言語化できなかっただろう点があるので−0.5点。気づけない自分も悪いけど、もう少しそこを分かりやすくしてくれていれば…と思う。アルド役の役者さんのインタビュー一部引用。

『人間性によって、不当な罪に問われて良いわけはないから』

アルドは誰しもが"良い人"と褒める人ではなさそうだった、ということ。主人公2人の恋愛を応援するあまり、確かにそんな描写があったことを重要視していなかった。私は一方しかみれていなかった。立場は逆だが母親と同じだったのだ。すごく大事だし、いつも心に留めておきたい。

最後にこれだけ。眉間に皺が寄ってしまう緊張感のある時間が続くが、微笑ましい気持ちになる好きなシーンがある。アルドの友人の誕生会の場面だ。ケーキを持つエットレとアルド、エットレの蝋燭は吹き消されず残っている。帰りたいというエットレ、来たばかりなのにと話すアルドだが、すぐにやっぱり帰ろうと返事をする。その自然なやりとりを守りたかった。
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