いも

ちひろさんのいものネタバレレビュー・内容・結末

ちひろさん(2023年製作の映画)
4.3

このレビューはネタバレを含みます

ちひろ時代からの読者です。咀嚼が長いので多分ちょこちょこ追記修正すると思います。

ちひろさんを3次元化すると、あぁ、こんなかんじだろうな…わかる…納得…という映画だった。あの世界観を丁寧に紐解いて、3次元に適した素材で組み直して作り上げてる。

私は元々邦画に苦手意識があって、それはわざとらしい演技由来だった。でも最近分かったことがある。役者の演技が鼻についたら、それは演出と脚本の責任がかなり大きいって事。
この映画の中で、あの特有の嘘臭さはあまり気にならなかった。

そう、私は嘘がすごい苦手で。嘘は必ず声と表情に混ざる。
基本的にちひろは"己に"嘘をつかないキャラクター。
だから、自分についた嘘(もしくは武装)ががんじがらめで苦しむ人には、そうなりたい!(脱いで楽になりたい)と思わせる。
逆にその武装を、もしくは何かを堅固に維持したい人には嫌われる。(マコト母は強固なプライドを。バジルは恋愛という強固な世界観を。敵と味方。敵ありきで戦う思想が染み付いた人、勝ち負けで生きてる人は、武装がないなんてあり得ない、という世界観で生きている。だから鎧を脱ぎたくないし、脱いでるちひろは都合が悪い。)

有村さん、すごい役者だと思ったよ。謙遜してらしたけど。
演技って基本嘘だけどさ。嘘だけど、本当にしていると思った。それが役者なんだねぇ。
他のキャラクターも、皆すごい演技良かった。風情、立ち姿なども含め。彼らもまた、本から抜け出て来た。ように見えた。
マコト…あんたは最高のクソガキだよ。オカジも、オカジだった。ぐちゃぐちゃの食卓で食えてよかったな。先代ちひろは、まさに。まさに。
過程がどうだったかはわからない。でも結果的にそう見えた。役者の力を引き出すのに、とても成功してると思う。

外見から無理やり似せるアプローチもあるけど、その人が持つ内的要素を無理なく組み上げて寄せる、というか。素材のいい味出せるように無理のない姿を目指す、みたいな。
完全に寄せようとすると、絶対無理だから。その不自然さは画面に滲み出るし。

(個人的に店長だけはカエル親父であってほしかったが…!悪くはないよ、これはこれで。分かる。
いや、べっちんも…このべっちんも、これはこれで良い解釈だと思えたけど。
特徴的な顔や体型の役者さんというのは、候補が少ないのだろう…そもそも…
このキャストでやる場合の最適解だったとは思ってる。
すぐ上に書いてある内容と相反するね。矛盾を抱えて生きていけ。
あとマダムが長毛種の美猫だった所な…
あとちひろの履歴書よく見たら29歳になってた所な…有村さんの年齢と合わせたのかな?個人的には30超えてると思ってるし、自分の中では勝手にそう決めてる。)

自然体であること、そのままカメラに映ること、というのは結構難しい事だと思う。人の視線(カメラも)には圧力があるから。
でもちひろさんは「自然体である」が最も重要な作品で。こっちが緊張してると、相手も緊張する。リラックスしてると、相手もリラックスできる。視線と姿勢は伝播する。人前で自然でいる、というのは芯が強くないとできない。演技だけど演技じゃなく見える素の顔。それをやってた。すごいねぇ。

再構成がとても上手かった。一度分解した要素を無駄なく詰め直した弁当、てかんじ。
重要な伝えたいポイントは満遍なく、ただし余白込みで。余白ありきの構成。
ちひろシリーズを人生の教科書とし、エッセンスを受け取った自覚のある私個人は、余白はもっとあっても良かったのでは?と思ったけど。
でも有限な時間の中で背骨に仕込まれた遺伝子を見せるには、あれがベストだったのだろう。私のような熟読者ばかりではないのだ客は。いいおかずはたくさん散りばめないと。
そういう意味では、あの漫画を映画パッケージにする、という難題をとてもうまくやってのけたと思う。

のこのこの美術、とても良かった。看板のペンキ文字が褪せてる所とか。箸袋とかメニュー表とか、念入りで丁寧な人の仕事だと感じられた。
ちひろの部屋、波のコースティクスが天井に反映されるのも。ちひろならその部屋選ぶわ、と思えた。
音響もとても良かった。細やかな演出がされていた。

見終えての体感。
砂浜の海の中、少し深くなった所で白い砂が舞って、海底でじっとしている私の上に静かに積もっていく様をイメージした。雪のよう。
それは特別な大波のせいではなく、いつものことで、いつも美しい。

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作品は各人の読解力と感受性によって、どの深度まで読み取れるかがまるで違う。その結果、たくさんの反応が生まれる。誤解曲解含め。
表層の要素だけを切り取って、先入観で読んで切り捨てる人もいる。勿体ないと思うけど、それもその人の選択。その道行きを尊重する。
(いや…読んだら分かると思っていた時期もありました。読んでも分からない、分かることを拒絶する程の断絶があるとは。それなら仕方ないね。
女性性が如何に食い物にされてきたかの解像度、彼女達のおかげでものすごく鮮明に理解できたので、その点とても感謝している。そういう意味で本質的には同じ方角を向いてる作品だと思ったけどな…)

基本的に他人の意見を無理やり変えることはできない。
変えることができるのは、自分を省みる時だけ。
自分を省みるのは、問題がのっぴきならない状況になった時。差し迫ってどうにかしなきゃと腰を据えてやっと、己が抱える問いを直視する胆力が引き出される。
そういう時にこの作品に出会えた。幸運だった。余すところなく教材にした。

ちひろさん1巻が出た後くらい?の時期に書いた、傷を治す方法に纏わるエッセイ。ちひろ時代の話、ネタバレ?あり。点線面vol.1ちひろ特集に掲載されたものです。興味があればどうぞ。
https://pincetman.hatenablog.com/entry/2020/07/11/103515

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新宿武蔵野館、多分ガチめなファンが中にいるのでは、と思う。
ディスプレイもだけど、エプロン作って、単行本全巻売ってたし。〜さんだけでなく、ちひろ含め。
大切に扱ってくれてありがとう。
いも

いも