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ちひろさんのariy0shiのレビュー・感想・評価

ちひろさん(2023年製作の映画)
3.9
『窓辺にて』を観て以来の“にわか今泉力哉通”だけど、最新作『ちひろさん』でも、“はっきりさせない”という今泉作品の癖にすっかりやられてしまった。

有村架純演じる「ちひろ」は、小さな港町の弁当屋で働く元風俗嬢。あっけらかんとして、マイペースで、変わり者。しかし子供だろうがホームレスだろうが偏見なく優しく、とはいえ優しすぎずどこか突き放したようなドライな部分も残しながら接する彼女を慕うものも多い。

物語は、大きな出来事らしい出来事を経ずたんたんと進行していくが、終盤にちひろの影の部分が少しずつ明るみになると、輪郭がぐっと際立ってくる。ちひろがちひろになった軌跡は、やはりはっきりとわかりやすく提示されるわけでもないし、またちひろ自身も気持ちを明言することがほとんどない。そこが今泉作品の誠実さ、リアルさ、信頼がおける点であり、文脈を読むおもしろさがある。

劇中、様々な問題を抱える人物が登場する。シングルマザーと暮らす小学生、家族との関係に違和感を持つ女子高生、何も言わないホームレスの老人、父親との軋轢を引きずって生きる男。ちひろの眼差しは、彼女自身も持つ孤独に呼応するような人々に向けられる。

彼ら、彼女らに投げかけられるちひろの言動に、どこか救われる思いがするのは、彼女が正論を振りかざしているわけではないから。のたれ死んだホームレスを見つけて勝手に埋めてしまったり、時に「殺せばいい」と毒々しい言葉を吐いたりする言葉には、彼女の世界の見方、生き方を貫かんとする姿勢があらわれている。正論はひとを救わない。等身大だからこそ彼女は“優しい”。

そして、出自がどうであろうと、あるいは結婚していようが、家族がいようが、友達がいようが、ひとは孤独とは無縁でいられないということを、話の行間から読み取ってみる。

家族として、大人として、社会人として、「こうでなければならない」という「呪縛」とは無関係のちひろさんに、ある種の救いを感じるのは、不思議でもなんでもない。結婚や家族や会社や社会という枠に必死に収まろうとしたところで、心の平穏が得られるかどうかは、まったく別のことなのだから。

最後、弁当屋の老夫婦の会話が印象的だった。具材の栗をむく作業に辟易していた主人は、ともに店を切り盛りする妻に「業務用のむき栗を仕入れよう」と持ちかけるも、「楽になるのは嬉しいけど、栗をむく楽しみが減るのが寂しい」と返されたことで、「本当にいいカミさんだと惚れ直した」としみじみと振り返る。何気ないセリフのやりとりだけど、誰もが抱えうる孤独への向き合い方がそれとなく示された、切なくて前向きになれる言葉だった。

それにしても、有村架純はいい役者だ。深い孤独を絶望に感じさせないのがさすがなのである。
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