YAJ

人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版のYAJのネタバレレビュー・内容・結末

3.2

このレビューはネタバレを含みます

【理解者】

 うちの奥さんが某山岳レースの大会運営に関わっている関係で鑑賞。 この日もその大会が開催されるあきる野市の市長さん表敬訪問とかで、他役員の方々と一緒にあきる野市へ出向いていった帰途、立川に途中下車、某山岳レースの名誉会長と共に鑑賞できる幸いな機会に恵まれ、そこに私も合流させてもらった。

 内容としては山岳家山野井泰史に密着したドキュメンタリー。
 とはいえ『MERU』を撮ったJimmy Chinの映像と比較するべくもなくテレビサイズの地味な作品ではある。日本が誇る登山家を讃える作品(2021年にピオレドール賞を贈られたことを記念しての作品と思う)に、この程度の予算と注目しか集まらないのが日本の現状ということも思い知らされる。

 さて映画のほうは、TBSがかつて撮影していたドキュメンタリー映像と2022年の新録映像を繋ぎ合わせ、クライマー山野井泰史の半生、ひととなりが見て取れる作品になっている(それはそれで内容は充実している)。
 自分にとって山野井泰史は、沢木耕太郎の『凍』で知った、いやその前に『ゴルゴ13』に名前が出てていたのを覚えている(『凍』のレビューにそう書いてた・笑)。その後、2008年の奥多摩で熊に襲われ大怪我を負ったというニュースは、当時はもうその某山岳レースを走っていたり、奥多摩の山々にも度々足を運んでいたので身近な話だと衝撃を持って受け止めてた覚えがある(その当時の映像も本作中に出てくる)。
 近年は伊豆のほうへ居を移し、今も果敢に未踏の岩壁に挑んでいる人生が淡々と綴られている。昭和40年男であるということは今回はじめて認識した(少し年上の方だと思っていた)。同世代の男のあくなき挑戦(もちろん年相応、己の身体能力に応じた挑戦)と気概を見て、別々の山ではあるけど、それぞれの高さ目指して息もつかずに登っていくパワーをいただいた。



ネタバレ含む



 山系の作品はフィクションであれドキュメントであれ、手に汗握るし息も切れて疲れる(笑)
 それに登場人物の多くが、最後のカットにさりげなく「・・・岳登攀中に死亡」といったテロップが入り、思わず「えっ?!」と声が出る。
「死ぬかもしれない・・・」
 山野井も大きなチャレンジの前のインタビューでそう答えている。でも「それがなくなると危険」であると。また、そのリスクがあるから挑む価値がある、という意味の発言をしている。
 鑑賞後の帰途、名誉会長とあれこれお話しながら帰ったが、作品中に出てくる人のこと、映画に描かれてないエピソードなど、興味深い話をたくさん聞かせてもらった。彼女も著名な山岳家であるご主人を30余年前に山で亡くされている“プロの未亡人”(自称)だ。7000mの現場にも同行されていて、その体験談だけでも拝聴に値する。

 山は、そうして残される家族、仲間、背後の守りサポート、理解があって成り立つ究極のスポーツだという思いも新たにする。
 この作品で強く印象付けられるのは、山野井の奥さんであり山登りのパートナーでもある妙子さんの存在の大きさだ。『凍』を読んだときも彼女の存在あってこそ山野井も生還できたと強く思ったもの。

 本作の中でも、山野井のクライマー人生で最大の挑戦であるマカルー西壁へチャンレンジでの二人のシーンが心に残る。
 落石を受け体調が万全でなくなり登頂は断念するも、次回チャレンジのため少しでも上を見てこようとする山野井に、ベースキャンプから無線で冷静に下山を勧める妙子。荷物は置いて空身で行くという山野井を、命令調でなく、どうすべきかを何度も何度も繰り返し説く様子が実に印象的だった。

「空身で行くなら、下山したほうがいいと思います。どうぞ」

 無線のタイムラグもあって、山野井の返答までしばしの空白がある。どうするのだろうとこちらも緊張するが

「了解・・・。下山します」

 という回答に、妙子の判断に絶大なる信頼を置く山野井の様子が見事に描かれていた。

 我々は別々の山を それぞれの高さ目指して登ってはいくが、そこに理解ある同伴者のいることは、なんと心強いことか。バディでもパーティでも良しだが、それが伴侶であることの心強さたるや!
 その大切さを強く感じさせてくれる作品だった。
YAJ

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