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インスペクション ここで生きるのchunkymonkeyのレビュー・感想・評価

4.0
ゲイの男性隊員がいなければアメリカ軍は成り立たない?こちらのA24最新作は、16歳の時に母親に捨てられホームレスとして生きてきた25歳の黒人青年が、海軍に志願し理不尽で苦しいブートキャンプを経て、誰よりも強く誠実で軍になくてはならない男性隊員として認められていく姿を描いた感動作。監督の半自伝的映画です。テーマはずばり海軍のモットー"Semper Fidelis (常に忠実たれ)"であり、このフレーズは予備知識として必ず頭に置いた状態で観賞する必要があります。

あらすじからして感動作ではあるけれどお涙頂戴的な演出とは無縁。基本的には監督の自伝であるため、彼の視点から見た世界が詳細かつ誠実に描かれ作品は高く評価されています。また、主人公のエリスを演じたジェレミー・ポープは順調にインデペンデント系の各賞にノミネートを重ねており、主演男優賞の大穴的存在なのは間違いなさそう。撮影は「ミナリ」のラクラン・ミルンです。

そんなママなら捨てちゃえば?真面目な作品にこんなツッコミですんません。いわゆる毒親なんだけど、映画の冒頭と終盤にしか出てこないので、なぜ主人公がブートキャンプの卒業式にママに来てほしいと懇願するのかさっぱりわからない。実際にはこの二人には愛憎入り混じるいろんな物語があったんやろうねぇ。ちなみに母親は映画製作にゴーサインが出た直後に監督の姉(/妹)に殺害されており、そういったところも彼女の描き方に影響は当然しているでしょう。

リッチー(他作の役名で呼ぶな...)何者?三者三様の教官の中で圧倒的に謎な存在がロサレス教官。また、この役にゲイ三人組の友情を描いたHBOの人気ドラマLookingで主人公が恋する男性を演じて人気のストレートの俳優さんラウル・カスティーロを配したのは、観ればわかりますがこれはナイスなキャスティング!本作でエリスが彼に好意を抱くのは、実社会の中でそういう目的以外で他人に優しく接してもらえたことがなかったことを意味しています。にしてもいろいろ謎なこの教官、あれ、もしや彼の行動の一部は妄想?どこまでが?

恐らくは妄想と思われる前述の教官とのちょっとしたドキドキのエピソードに加え、シャワーやサウナははっきりと妄想のシーンとして描かれる。このエリスの内なる妄想現象は、ストレートの候補生たちが妄想ではなく現実でおおっぴら・公式に写真や動画でポルノを楽しむのと対照をなしており、教会のエピソードとも合わせて社会においていかにマジョリティが彼らの趣味嗜好を四六時中他人に押し付けながら生活しているのかがわかります。に対して、例えばFilmarksでも先日公開のストレンジ・ワールドに合計してもほんの数分ゲイの少年の恋心が描かれただけでマイノリティの押しつけだと大騒ぎするレビューが溢れるこの世の理不尽さよ...

教会の場面は印象的でした。前述のようにマジョリティによる押しつけの理不尽さを描いていると同時に、同じマイノリティであっても、その場を逃げ出して「家に帰りたい」とシクシク泣くイスラム教徒と主人公の姿勢が対比的に描かれることで、観客はエリスの境遇や隊員としての強さについて考えさせられます。

さてさて、冒頭に書いた一文は本作の中盤に出てくるセリフで、さすがに極論すぎないか?でも最初から最後まで一つ一つのエピソードを丁寧に読み解いていくと、いやこれは大げさでもなんでもないありのままの事実なんだろうと思えてきます。っていっても軍には馴染みが薄い?監督は本作を通して軍を肯定・否定するのではなく、人とのつながりの持つパワーを伝えたかったといいます。そうした人とのつながりによって築かれたコミュニティーで一人一人が自分にも他人にも忠実であれば世の中はどんな困難も乗り越えていけるはず!今だから観ておきたい映画です。

予告編
https://youtu.be/wSeprzQM6gk
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