けんたろう

彼岸花 ニューデジタルリマスターのけんたろうのレビュー・感想・評価

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此岸から視た、子の成長。


もう、画がバチバチに、且つ慎ましくキまつてゐる。
日本家屋の間(ま)。其処に佇む人。風景。其処に佇む人。調和する身体の向きや視線の向き。
目、頭、延いては全身が吸ひ込まれてゆく感覚に沈み入る。

本作を彩る女性陣の美しさにも、触れずには居られない。
主人公の娘を演じた有馬稲子さんの、モダンで可愛らしくも淑やかな装ひ。母親役の田中絹代さんが見する、棘なき淑女の所作、言葉、佇まひ。久我美子さんの、あどけなくも凛とした姿。山本富士子さんの、和装に身を包んだ抜群の美貌、軽やかで小気味の好い口元。
総べてが魅力的である。

又た、男と男、上司と部下、男と女の会話のなかに表出するユウモアも頗る愉快。其々の関係が生む諧謔に溢れたシインには、惚れ惚れしてしまふ。
忙しなく捲し立てらるゝ関西弁も堪らない。其のぺちやくちやと動く口からは、浪花千栄子さんと山本富士子さんの魅力が聴こえて来。

然うして、頑固親父の、愛が故の自己矛盾。
自分の云うたことがそつくり其のまゝ自分に返つてくる様は、可笑しくありながらもどこか哀れである。然し其れも、周囲の強かな女たちの目線から視れば、見事に痛快な一幕。いやあ面白い。たゞ矢つ張り、寡黙で古風なる男が時代にぽつねんとしてゐる様は、少しく悲し。


著しき時代の移ろひ。同じ日本人の間でも大きく変遷せらるゝ思想と倫理。其れに拍車を掛くる、子の成長。露はに成る価値観の相違。家族は愈〻バラバラに成りてゆく。
断絶。其の懸隔を縮むることは、疾つくに不可能。コミユニケイシヨンなんぞは、最早やたゞの遊戯に過ぎない。
だが、子を想ふ親の気持ち、親を想ふ子の気持ちに変はりは無い。成るほど、育てた花は彼岸に咲いてしまつた。然し其の花は紛れも無く、我が愛する花である。

崩壊の一途を辿る運命の切なさと、なほも愛情を持ちたる家族の愛ほしさとが、諧謔心を以つて描かれたり。
嗚呼、いゝ映画である。