明石です

わたしの魔境の明石ですのレビュー・感想・評価

わたしの魔境(2022年製作の映画)
4.8
「人生の意味とか、どういう心を持つことが大事だとか、そういうことを教えてくれる、先生とお兄さんとお父さんをかけ合わせたような人と出会いたかった」

就活に失敗。ブラック企業に就職し、勤め先の先輩に強姦され、新興宗教にハマってしまった女の子の悲劇の物語を、オウムの元信者や宗教の研究家、仏教家など関係者の証言をコラージュ的につなぎ合わせて作られて半ドキュメンタリー映画。アメリカやイギリスの犯罪ドラマとかでよく見るこの形式、大好きだなあ。識者の言葉があいまに挟まるおかげで(多少の没入感を犠牲にしたとしても)、物語の信憑性が全然違う。

過酷な現実を逃れ、修行を重ねて「争いのない社会」を目指した人々が、人殺しの加担をさせられるまでの物語が見るに耐えない心苦しさで、そのキリキリとくる痛みがとても好み。以前読んだ、村上春樹さんが元オウム信者に取材したインタビュー集『約束された世界で』で、オウムにハマるのは、もともと悲惨な家庭環境出身の人が多く、問題は宗教そのものではなく、社会からはみ出すよう宿命づけられた彼ら/彼女らを受け止めるセーフティネットが存在しないこと、書かれていて、まさにそれを実感させられる作品でした。

作中で教団に入信した娘を取り戻しにきた父親に対する教団側のセリフ、「お子さんは親の所有物ではありませんから。皆さん、ご自身の自立した意思でここにやってきます。親子関係が上手くいっていたら、そもそもうちで世話になるようなことはないんじゃないかね」は、ある程度真実だなあと思う。そして、識者として登場する、オウムの元No.2上祐さんの「麻原にはカリスマ性はあったが、その裏には精神病理があった。歴史上似た人物がいたとすれば、ヒトラーだ」という言葉。私もオウムの件については興味を惹かれていろいろ本で読んだりしつつ、そのように思っていたところがあったので、おお!!と感激してしまった。

ただ脚本にまでは力が回らなかったのか、教祖サマの言葉が少々煩雑なのが心残りでした。以下、作中の信者への説法。「たとえば、ここにリンゴがあったとする。それに飽きたら蜜柑を食べる。ここで賢い者は気づく。蜜柑を食べたら、次は別の果物が欲しくなることを。大切なのはリンゴで満足すること。すなわち、欲することをやめるのが解脱への第一歩なのだ」。麻原彰晃はたしかに邪悪であっただろうし、ことによるとサイコパスでさえあったかもしれないけど、阿呆ではなかった。こんな稚拙な比喩でもって教祖を演じさせるのは、麻原を馬鹿にしてるのか、信者を甘く見てるのか、鑑賞者の知性を舐めているのか、あるいは最悪の場合、宗教そのものを軽んじているのか。いずれにせよ、これではオウム、もっといえば宗教全般を信仰している人間がみんな間抜けみたいじゃないか、、

個人的な話ですが、幼い頃からの友人に、とある宗教の布教をしてる人がいるのだけど、彼は愚かどころか、私が知る人間の中でおそらく最も賢く理性のある人。そういうこともある。こうした、事実をもとにした実録モノが、宗教そのものへの偏見を助長するものであってはならないと私は思う。丹念な取材をもとに構成されている貴重な作品だけに、教祖の言葉という物語の構成要素として欠かせない部分(なにしろあの男の巧みな弁舌が、サリン事件等全ての発端になったわけだし)に手を抜いてほしくはなかったなあと思う。

とはいえ総合的には、大好き!な作品でした。日本映画全体が、オウムについて、婉曲的にでさえ触れるのを避けてきた十数年を経てようやく生まれた貴重な、そして個人的にも物凄く推していきたい映画。ただ、タイトルとジャケットでは損してると思うけどね笑。作風的にはこの上なくシリアスで、サリン等の史実や、上祐氏が率いる後継組織(ひかりの輪)にいる元オウム信者の言葉さえもを踏まえつつ映像化した意欲作で、事件から30年近くが経つ現在、あの狂気を風化させない意味でも、もっと評価されてほしい作品です。
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