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ヴィーガンズ・ハムのnoteのネタバレレビュー・内容・結末

ヴィーガンズ・ハム(2021年製作の映画)
3.7

このレビューはネタバレを含みます

肉屋の夫婦ヴィンセントとソフィーは、結婚生活も家業の経営も危機に陥っていた。ある日、店がビーガン活動家たちに荒らされ、後日ヴィンセントが犯人の1人を殺害してしまう。死体処理に困ったヴィンセントは、ハムに加工して証拠隠滅を図る。しかしソフィーの勘違いでそのハムを店頭に並べると、思わぬ人気商品となり…。

肉屋の夫婦が繰り広げる人間狩りを描いたフランス発のブラックコメディの秀作。
やっていることは映画史上でもトップクラスに非道いが、夫婦愛と貧しさからの脱却が描かれているため共感を呼んでしまう。
また、エンタメとして上手く作られているため、ついつい乗せられてしまうのだ。

肉屋の主人はお肉に毎日愛情を注いでいる一方で、妻とはセックスレスの上に愛想をつかされていて、倦怠期を超えてもはや離婚寸前。
そこに過激派ヴィーガンは肉屋にいきなり押し入ってペンキを投げつけ、「Vパワー!」と叫んで逃走。
後日、娘が連れてきた彼氏もヴィーガンなのだが、「僕は店を襲うような連中とは違います。個人的な信条を他人に押し付けたりはしません」と言うにも関わらず、肉食に対する辛辣な批判を展開。
さらに儲かっている知り合いの肉屋の妻は夫の稼ぎと悠々自適の生活を自慢し、その夫も偉そうな言動でマウントを取ってくる。

主人公の夫婦はあらゆる面でストレスフルかつ人生最悪の状態だ。
そこが毎日真面目に働いても報われない庶民の共感を呼ぶ。

しかし、人生はままならない。
ある日、店を襲った過激派ヴィーガンを森で見かけた夫は車で追いかけて、誤って轢き殺してしまう。
誰だって捕まりたくは無い。
死体を店でハムにして処理したものの、それを知らずに妻が売ったら、評判を呼んで店は繁盛するという異常な事態に。

倫理的に非常にマズイ。
だが妻が夫の殺人を「なんて事するの!」と否定せずに、意外にも「遺体を焼いたり捨てたりする手間が省けた!完全犯罪よ!」と肯定。
その人肉ハムを食べたお客さんが「あんなの初めて!」「病みつきになりそう!」など半ば中毒になりかける様は笑うに笑えない。

「ピンチはチャンス」という言葉があるが、思いがけないビジネスチャンスに夫婦は乗っかってしまう。
「自分ならどうする?」と見る者の倫理観が揺さぶられるのだ。

夫婦はヴィーガンを装って活動に参加して、品定めをする。
過激派ヴィーガンを次々に殺害して、しかもハムにして売って他人に食べさせるなんて、宗教的にも多方面からお叱りを受けそうだ。
この現実的にはあり得ない軽いノリが難点だが、「コメディだから」と割り切れるかどうかが本作の評価の分かれ目だろう。

夫婦は商売の成功で歩み寄り、絆を深め、娘の幸せを願うようになる。(その裏では過激派ヴィーガンを殺してハムにしているのだが)。
不謹慎だが、夫婦の過激な行動がエスカレートしていくのがエンタメとして面白い。
殺人に至るまでのトラブルや「バレてしまうかも」というハラハラが存分に描かれる一方で人間狩りをする様をノリノリの音楽でテンポ良く見せていく。

終盤、夫のほうは肥満児を美味しそうと思ったことをきっかけに、さすがに人としても親としてもダメだと、良心の呵責に耐えきれなくなり、人肉ハムを売るのを(人間狩りを)やめる。
「なんだ普通にモラルもあるじゃないか!」と感心したが、売るのを止めた途端に、あっという間に店は閑古鳥。
全く人生はままならない。

そこへ冒頭の過激派ヴィーガンの仲間たちが店に押し入ってくる。
なぜヴィーガン仲間が次々と失踪するのか、夫婦に疑いを持っていたのだ。
妻が冷蔵庫に囚われの身になったところに、危険を顧みず夫が助けに来る。
何よりも妻が大事。泣かせるではないか。

夫が包丁を投げて1人倒し、人肉食に慣れた愛犬がもう1人を噛み殺したが、最後の1人が手強く、夫は重症を負うが、妻の助けが入り夫婦は生命拾い。
連続殺人犯の夫婦が罰も受けずに生き残るなんて良いのか?と思ったら、最後に画面は妻が見ていた殺人犯の末路を語るTV番組に。
何とテーマは主人公夫婦だ。
コメンテーターはあの偉そうな知り合いの肉屋夫妻。
恐らく主人公夫婦は夫の怪我の治療で悪事がバレたのだろう。

不幸の連鎖が続きすぎると、藁をも掴む人は例え犯罪という間違った方向でも甘んじて受け入れてしまうかもしれない。
また不寛容や排他主義についての普遍的な風刺が込められている。
決してインモラルで不謹慎なだけの内容ではないのが上手い。

だがコメディとはいえ、心の底からは決して笑えない。
最も恐怖を感じたのは、食べた肉が人肉と知った人々だろう。
美食の国フランスの皮肉に満ちた作品だ。
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