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ヴィーガンズ・ハムのメガネンのレビュー・感想・評価

ヴィーガンズ・ハム(2021年製作の映画)
4.8
ホラー映画と謳っていますが、その実態は極めて良質なダークコメディです。
非常にシンプルな内容で、結末も大体予想通りでしたが、コンパクトな上映時間の中で色々と考えさせられるシーンやセリフが多くあり、魅せられます。
カニバリズムを扱っていながらゴア表現は最小限にし、その上でビーガニズムの行き過ぎが齎す矛盾に警鐘を鳴らしてもいます。
とはいえ、こういったメッセージの部分はこの映画の核ではありません。

あまりにも露骨な拝金主義と差別主義に凝り固まった友人、テロリズムや暴力さえも自分たちの正当性を訴える道具にしているビーガン達、味の良さには強く惹かれる癖にそれが何の肉であるかは対して気にも留めない客達、ビーガンのパートナーを持ってその思想に染まることを愛だと信じきっている娘。
主人公を取り囲むのは、そんな風に誇張された卑しく、浅はかで、醜い人間ばかりです。
主人公達は寧ろ真っ当な精神の持ち主であり、モラルや情愛や、あるいは義憤を持ち、それでいて恋や愛を求め、私欲も人並みに持ち合わせた、普通の人です。
少なくとも極端な人間ではなく、ごく普通の人間として描かれているのです。

ここがこの映画の最高にクールなところです。

そんな主人公達が幾人ものビーガンを殺して、精肉し、販売している訳ですが、主人公は劇中でこう言います。
「これ以上やったらサイコパスになってしまう。」
何をいっているのでしょうか?
もう十分にサイコパシーな作業に明け暮れ、手馴れ、効率化さえ図っているほどに、ビーガン狩りをしてきた後です。

兎にも角にも、この映画のユーモアセンスはずば抜けています。
主人公達は完全にイカれているのに、極めて健全でまともなのです。
対照的に彼らを取り巻く世界のなんとインチキに満ちていることか。

非常に恐ろしく同時に面白い事に、この映画を通して、さて、では実際に人間の肉の味とはどんなものか?そんなに美味いのか?とだんだん興味が湧いてきます。
それほど実に幸せそうに人肉食が行われている映画です。

そういったタブーさえも人の心に呼び起こすという点では、ある意味では、非常に純度の高いホラーと言えるかも。

フランス語より日本語吹き替えで観ることをお勧めします。夫婦漫才感が増してより笑えるので。