stanleyk2001

福田村事件のstanleyk2001のレビュー・感想・評価

福田村事件(2023年製作の映画)
4.3
『福田村事件』2023

「日本人を殺したらダメで鮮人なら殺してもいいのかよ」

こういう映画が作られるのを待っていた。日本人が犯した過ちを真正面から描いた映画を待っていた。

1895年 日清戦争に勝利
1902年 日英同盟締結
1905年 日露戦争講和
伊藤博文が初代韓国統監に就任。
日本は朝鮮を保護国化していく。

1909年 初代韓国統監・伊藤博文が韓国の独立運動家・安重根に暗殺される
1910年 韓国併合
1914年 第一次世界大戦
1917年 ロシア革命。皇帝ニコライ2世一家処刑
1922年シベリア出兵
英・日・仏・伊・米・カナダ・中国がロシア革命政府を弱体化させようとしたが失敗。

1919年 三・一独立運動。韓国の宗教指導者が起こした日本からの独立運動。

そして映画で描かれるのは1923年8月末から9月初め。

井浦新、田中麗奈の朝鮮半島帰りの夫婦はシベリア出兵で戦死した夫の遺骨を携えた未亡人コムアイと出会う場面から映画は始まる。

日本は「大日本帝国」なんて背伸びして大袈裟な名前を名乗りイギリスやアメリカやロシアと肩を並べようとしている。実力が伴わないのに気張りすぎて軍人やOBの在郷軍人もやたら威張り散らしている。

日本は朝鮮政府が弱体である事を利用して保護国からとうとう日本の植民地にしてしまった。

日本人が朝鮮人を上から目線で軽蔑している雰囲気がこれでもかと描かれる。愛媛から来た被差別部落出身の行商人すら「鮮人ども!」とさげすむ。

そして日本人はその朝鮮人達が日本の支配に反抗するのが不愉快で同時に恐れてもいる。

この時代はApple TV『パチンコ』でも描かれた。シーズン1では現代(1990年代)と過去(併合から関東大震災まで)が交互に描かれていた。大震災での虐殺は直接描かれなかった。

『福田村事件』では社会主義者が殺害された「亀戸事件」も描いている。内務省は震災を利用して朝鮮人や社会主義者を抹殺しようとした。何故なら朝鮮人と社会主義者は大日本帝国を崩壊させるかもしれない敵だったから。

レーニンが率いたボルシェヴィキは皇帝ニコライ2世一家を処刑しロシア革命を成功させた。大日本帝国は恐れ慄いた。同じことが日本で起きてはならないと考えた。

森達也監督はドキュメンタリー作家。時々大映時代の市川崑を思わせる様な映像で語る語り口が手慣れた感じ。

説明的なセリフもあるがそれは100年前の背景説明に必要だったと思うしそれほど不自然でもない。

在郷軍人会のリーダーを演じた水道橋博士が素晴らしい。デモクラシーを揶揄して村を守るためと称して問答無用で村人を扇動して殺戮を行う短躯(失礼)の姿は背伸びしている大日本帝国そのものだ。

東出昌大、田中麗奈、コムアイの関係、柄本明一家に起きる出来事は今村昌平の映画の様で笑うに笑えない悲喜劇だ。特に東出昌大はよく引き受けたなーと思う。コムアイの昏い眼差し、田中麗奈の勝ち気でコケティッシュな表情が印象的。

村人の暮らしを丁寧に描いた前半があるからこそ後半の殺戮が恐ろしい。デモクラシーを学んだ村長豊原功補、朝鮮で教師をしていた井浦新、在郷軍人会のリーダー水道橋博士が幼馴染の同級生という設定が良い。全く主義主張は異なるのだが同じ村で育った子供だったのだ。

普通の人たちがデマを聞いて周りの雰囲気に飲み込まれて集団になった時凶暴な殺人者になる恐ろしさ。冷静さを失って無抵抗の行商人の青年を大勢で竹槍で何度も突き刺した村人はあなたの姿かもしれないと監督は映像で突きつけてくる。

そして内務省が出した「不逞鮮人、主義者に注意せよ」という指示を受け起きてもいない暴動を報道して扇動した新聞の責任も追及されている。

被差別部落、朝鮮人虐殺、社会主義者虐殺。都知事や官房長官が無かったことにしたい不都合な真実が『福田村事件』では明らかに描かれている。そしてそういう映画を観にくる観客が映画館を満席にしている。

「美しい国日本」の欺瞞を暴いた傑作、今年1番の問題作だ。何より映画化を実現した監督やスタッフ、クラウドファンディングで支えたみなさんに感謝したい。
stanleyk2001

stanleyk2001