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福田村事件のTSのレビュー・感想・評価

福田村事件(2023年製作の映画)
4.2
【集団心理の恐ろしさ】88点
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監督:森達也
製作国:日本
ジャンル:歴史
収録時間:136分
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 2023年劇場鑑賞39本目。
 なるほど、関東大震災からちょうど100年の2023年9月1日に公開されているというわけですか。口コミが良かったので急遽観に行きましたが、なかなか鋭い歴史的事実を突きつける作品と思いました。恥ずかしながら歴史の教員をしていながらこの事件のことは知りませんでしたし、改めて差別の歴史というのは空虚なものであるということが認識されました。もっとも、この事件は被害者の遺族達があまり明るみに出さなかったため、世間的にも闇に葬られていた事件だったので、今回のこの映画化により知名度はかなり上がるのではないかと思います。自分としても最近関東大震災の件は授業で少し触れたばかりだったので、大変勉強になりました。勉強になった、という一言で済ませば完全に他人事のようなものになってしまいますが、改めてこの事件で亡くなられた方のご冥福をお祈りしたいと思います。

 話は実話であり、讃岐の薬売り行商人達が千葉に訪れた際、とんでもない濡れ衣を着させられるというもの。そのきっかけとなるのがいわゆる関東大震災なのですが、これに限らず人間というのは社会不安に陥った時、誰かのせいにしたくなる、という心理になるのだなと思わされました。中世ヨーロッパの黒死病による魔女狩りなども似たようなケースだと思いました。無論、黒死病に関しては当時ウイルスの存在なんて知られていませんでしたから、悪魔が乗り移った存在などに責任転嫁をしていましたが、今回の関東大震災は紛れもない自然災害であるため、誰のせいでもありません。ところが人間は誰かのせいにしたくなる。根拠のない流言飛語、つまりデマが飛び交い、挙げ句の果てにはこれに乗じて朝鮮人が犯行に及んでいるという情報が流れていくのです。そんなでっちあげの情報が蔓延する中、不運な事件に巻き込まれてしまうのがこの薬売り行商人達なのです。

 今作は実を言うと終盤まであまり話が進みません。肝心の関東大震災のシーンも短く、本来ならば火災の影響が強かったはずなのにその描写はほとんどされません。つまり、今作は関東大震災から100年を記念して製作されたにも関わらず、地震そのものにはほとんど焦点があてられていないのです。10万人の死者が出たと言う記録が残っているため、そのあたりに焦点をあててもいいのではと、見ている最中は思っていました。ところがあくまで今作のタイトルは『福田村事件』であり、森監督はこの大震災の描写を大幅にカットすることで、この事件に焦点をあてることに成功しました。今作が本領を発揮するのはラストの30分です。緊迫感は一気に跳ね上がり、目が離せなくなってしまいます。そして、人間の愚かさを延々と見せられるのです。救いのない話だとわかっているが故に、非常に胸糞悪い展開です。洗脳と言えば言い過ぎかもしれませんが、何かにとらわれた人間は恐ろしいものです。
 確かに今作ではその事件に至るまでに、当時の異様な思想をところどころ垣間見ることができました。まだ第二次世界大戦が全く始まっていない時代にも関わらず、やはり国民の心の中には天皇思想がしっかりと根付いているのです。その極端な思想が今回は禍いをもたらします。村の者達は果たして本当に悪くないのでしょうか。いや、当時の時代だから、と言い許せる問題にも限度があります。しかし、彼らにも村を守る、家族を守るという使命がありましたので難しい問題でしょう。こういう集団心理の恐ろしさを描いた作品として例えば『ミスト』が挙げられます。思えば今作と『ミスト』は似ているのかも。胸糞展開のところも、ある意味類似してると言っても良いですし。。

 ところで、終盤にとある人物が放つ一言に恐らく鑑賞者もハッとさせられたのではないでしょうか。鑑賞者達はこの薬売り行商人達が朝鮮人ではないということを知っています。この人達は朝鮮人じゃないんだよ!と多くの人は心の中で思っていたことでしょう。それがまたハッと気づけば恐ろしいのです。朝鮮人=殺されてしまう。というテーゼがいつの間にか頭の中で形成されているのです。そのテーゼ自体に何の疑いもなく。。

 さて、百年も経てば、このような無謀で愚かな事件は流石に起きないか。と思ってしまうのですがそんなことは全くなく、人類は繰り返して過ちを犯し続けているとしか言いようがないですね。流石に、デマを重ねて勢いで直接人を殺めてしまうと言う事件は激減しているかと思いますが、現代においてもSNSなどのインターネットでデマが飛び交い、またそれになぞって誹謗中傷が蔓延しているのが現状です。それに追い詰められて命を自ら落とす人達もいますし、結局は手法は変われど、人間の心理などは全く成長していないということになります。非常に心苦しいのですが、ワンピースの緑牛の発言を引用してきますと、「差別とは安堵だ」という言葉は的を得てしまっています。関東大震災の時も、現代世界においても、誰かを見下すことにより不安が解消されてしまうということは残念ながらあるのでしょう。このような人間の心理的な負の連鎖を正すのはかなり難しいのですが、そのあたりまで考えさせられた極めて社会派的な映画だと感じました。珍しくパンフレットまで買いました。この事件についてもっと知るべきだからと思ったからです。

 それにしても、東出昌大は開き直ってしまったかのように、役作りに徹底しています。最早自虐ネタではないのか、と言わんばかりの配役です。そして、彼が演じる船頭のほんのささいないざこざでこの事件が起きてしまうのですから何だか気が滅入ってしまいます。間違えても配役はもちろんフィクションなのですから、現実とフィクションを履き間違えて東出さんを恨まないように笑
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