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あなたの微笑みのnetfilmsのレビュー・感想・評価

あなたの微笑み(2022年製作の映画)
4.2
 何もない栃木の田舎町でくすぶり続ける映画監督の渡辺紘文(本人)。地元・栃木・大田原を拠点に映画製作団体“大田原愚豚舎”を旗揚げし、東京国際映画祭でグランプリを受賞した彼は、日本発の自他ともに認める“世界の渡辺”だった。ところが、その“世界の渡辺”に大手映画会社から仕事の依頼もなく、地元の仲間たちと悪態をつきながら暮らす日々を送っている。TIFFでグランプリを獲得しても、それがその後のキャリア・アップに繋がらない。そんな最低で最悪な日常を幼稚園からの幼馴染は生暖かく見守っている。「天才ですから」と自虐的に書かれたTシャツ。失礼ながらトドのようなお腹。そして無職。映画はどこまでが本当の渡辺紘文で、どこからが芝居の渡辺紘文なのかわからない。恐らく飄々とした人なのだろう。だが彼の姿は思わず追いかけたくなる魅力に溢れている。

 渡辺監督が「ここではないどこか」を夢見たそんなある日、松浦祐也推薦でTOHOから、世界的映画監督”KOREEDA(是枝)”の代打で沖縄での映画制作の話が舞い込む。妄想なのか空想なのかそれとも現実なのかはわからないが、おそらく妄想だろう。久々の映画制作に浮足立った渡辺が沖縄に向かうと、“今すぐ俺を主人公にして映画を作れ”と“社長”(尚玄)から高級ホテルに缶詰めにされる。しかし脚本は1ページも書けず、結局、“社長”にも見限られ、ホテルを追い出される羽目に陥る。映画のトーンは北野武の『監督・ばんざい!』によく似ている。何本も映画を撮り続けながら、ある日ある時突然スランプに陥る。着実にフィルモグラフィを重ねながらも、それが決してステップアップに繋がらないことへの悲哀。期日までに脚本を用意出来なかった渡辺は皮肉にも、締め切りの決まった商業映画の世界から早々に脱落してしまう。そこから先は自身の過去作の上映に拘泥し、ひたすら自分の映画を上映してくれる映画館を探してコロナ禍の最中、単身、各地のミニシアターを訪ね歩く姿が象徴的だ。映画は未来を見限り、主人公が過去の遺物を大切にし始めた辺りから、監督の病床の悲喜劇から一転して過去の遺物への救済に走るその脚本の足取りが実に見事だ。

 ほとんど『監督・ばんざい!』のようだった前半部分から一転し、スランプに陥った“世界の渡辺”は日本中のミニシアターを尋ね歩く。沖縄の首里劇場に始まり、別府ブルーバード劇場、福岡の小倉昭和館、鳥取のジグシアター、兵庫の豊岡劇場、そして旅の終点である北海道のサツゲキから大黒座へ。東京中のミニシアターを回った私も地方はほとんど知らず、名前だけしか知らない劇場も多かった。その日本縦断の旅の道程がほとんど奇跡的だ。ちょうどその頃日本はコロナ禍に突入し、ミニシアターの苦境に拍車が掛かる。実在の映画監督の名前が“世界の渡辺”のプレゼンにしれっと登場し、劇場支配人たちは珍妙な男の登場に困惑した表情を見せる。その様子はよく出来た風刺劇か喜劇映画の様だ。この苦境の最中に“世界の渡辺”の特集上映などやれない。打ちのめされる渡辺監督の描写に対し、幻惑の中からファム・ファタールのような女性(平山ひかる)が姿を現す。世界一映画を愛している男の映画に愛されない姿は観ていて不憫だが、苦悩の中で映画を守ろうとする人々の想いと共鳴し、小さな奇跡を見せる。その道程と映画への想いがひたすら愛おしくなる小さいながらも味わいの深い映画である。
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