ABBAッキオ

全身小説家のABBAッキオのレビュー・感想・評価

全身小説家(1994年製作の映画)
4.2
 1994年原一男監督。「ゆきゆきて、神軍」からの原一男監督作品、UNEXTにて視聴。1992年に大腸癌で亡くなった小説家、井上光晴の晩年を追い続けたドキュメンタリー映画。本人が肝転移について診断を受けるところや、肝臓摘出手術、転移後の医師の説明まで映像に写しているのには驚愕。今では本人の同意があっても家族以外の同席、ましてやカメラ前でのこうした状況は無理ではないだろうか。
 本作がドキュメンタリー映画としても出色、というより究極と言っていいのは、対象の井上光晴氏が虚構そのものという人物であり、そこまであからさまに映像にしているからである。ドキュメンタリーが事実の記録ではなく、カメラという存在を前にして演じられる虚構、という視点は早くからあったが、本作は逆に演じることがその血肉になっている人物を対象とすることで、虚構という真実を映し出している気がする。
 井上氏が全国に設けた文学伝習所なる組織に集った井上ファンの女性が目を輝かせながらあこがれを語る。そうした女性の前にかしづく妻。その妻に導かれて病院に見舞いに来る瀬戸内寂聴はかつて井上と不倫関係にあり、出家後も井上と友人関係を保ち、最後は弔辞まで読む。正直、何が何だか分からないが、その姿を追う過程で井上の語る自伝的過去の虚偽が証言によって示唆されていく。世界に類例のない映像だろう。
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