ひでG

正欲のひでGのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.3
「(前略)この世界全体がいつの間にか設定している大きなゴールへと収斂されていくことに。その大きなゴールというものを端的に表現すると、「明日死なないこと」です。」『生欲』より

原作は気になっていましたが、未読です。

いやあ〜凄いですね、日本映画!
ありそうでなかった小さなコーナーに投げ込まれて来た鋭いボール。
それをもう一度、咀嚼し、記録するのは難しい。

新垣結衣と磯村勇斗が演じる桐生夏月と
佐々木佳道。彼らは、社会人として淡々と生活をしている。何かを抑え、静かに静かに身を隠すように。

一方、稲垣吾郎演じる寺井啓喜は検事として、法律と世の常識とされることだけを信じて、不登校の息子に対しても歩み寄ることをしない。

さらに、ダンスで内面の複雑な感情を表現しようとしている大也役の佐藤寛太と
大也に恋する対人恐怖症の八重子役の東野絢香のパートも登場する。
2人も何か重い荷物を背負って大学生活を過ごしているようだ。

これらのパーツが実にリアルに丁寧にほぼ同じくらいの比重で描かれていく。

寺井以外は、引きこもりや神経症になってしまう可能性もあるような繊細な人物ではあるが、夏月や佳道は、友達の結婚式に呼ばれたり、大也はダンスサークルでパフォーマンスし、八重子は学祭の実行委員をしている。
表面的には、社会性を保っている4人だが
ひっそりと言うか、自分が生きていく意味を見出せないでいる。
多様性が叫ばれている現代にあって、その枠からもはみ出ている彼ら。多様性と言う言葉も彼らには刺々しい。

寺井の家庭では、不登校になった息子が
フリースクールの支援を得ながら動画配信をし、笑顔を取り戻しているが、寺井にはそれが「世の中のレール」から外れた行いに見えてしまう。
(これも最近、「不登校は親のせい」と言い放った市長がいたなあ、)

彼らの生き方、その苦悩と微かな光を見つめてきた後半、はて、この人たちはどこで繋がっていくのか、、と気に揉み始めた後半、一気にストーリーが動き出す!
原作のチカラなんだろうけど、この構成の見事さにやられてしまった!
(時節柄、えっ、この人が今この事件を取り調べるの!って、偶然の一致なのだろうが、誰もが驚いてしまう設定もありつつ)

ついに、寺井と夏月がある場所で対面する。

この映画、クローズアップを多用していたように感じた。表面的なものでなく、皮膚のその奥に隠している感情や欲求を抉り出してださい!と言うが如く、顔に近付いたカメラはしばらくそこで動かなかった。

それだけ、役者陣の内面の演技が試される作品でもある。

稲垣吾郎や磯村勇斗ら実績のある役者さんは、さすがの表現だった。
さらに、新垣結衣。私のイメージを払拭した難い、硬い表情から、ようやく得た安心、そして最後の確信に満ちた静かな笑み

彼女のキャリアの中では最高の演技だと思う。

それから、多分一言もセリフがなかったあの人が見事な助演だった!

ひょっとしたら、ハマらない人もいるでしょうが、「福田村事件」「月」とタブーに切り込む邦画が出てきた今年。

そしてまた、傑作が生まれた。
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