マイノリティの苦しみを敢えて人間の身近な存在である“水”への嗜好で表現した意欲作。思い上がりの正義が必ずしも人を幸せにできるとは限らない。“普通”の概念を覆し大半が人に言えない悩みを抱えていることを示唆。無意識の差別を感じざるを得ない。
「あり得ない」の一言で片付けられる心苦しさ。「わかるよ」の言葉の軽さ。いずれも易々と使ってはならないと再認識させられた。この映画は理解を得るためのものではないと感じた。どちらかというと敢えてこの言い方をするが、“普通”と思い込んだ人たちには“沈黙”するしか手がない心の声。
とにかく家庭での稲垣吾郎演じる啓喜がきつい。検事という正義の代名詞的な職業に就く彼は“普通”という自分の常識と想像の範囲でしか物事を受け入れられない。ただし、彼自身もある意味被害者なのかもしれない。つくづく人の持つ“苦しみ”に焦点をあてるのが巧みな映画だと感じた。
新垣結衣が素晴らしい。お茶の間の人気者ガッキーから演技で魅せる女優新垣結衣への変貌を見せつけられた。自分の持つマイノリティへの諦念と共通の仲間を見つけた時の悦び、裏切りへの無謀、そして検事との面会シーンの沈黙。岸善幸監督の演技プランも凄いですよ。
あと『正欲』は今年のベスト卵映画決定です。手数も多いし、そのシーンに込められたメッセージ性と意味が深い。岸善幸監督が細かい小道具にまでこだわっていると想像させられた。
卵シーンは3つありました。
とにかくここでは語り尽くせないぐらい心を突き動かされた作品で、映画の評価というのは必ずしも“共感”することばかりが重要ではないと思わされました。
だから映画の評価基準が“共感”にある人にはそぐわない作品だと思いますし、逆にハマらない人にも一つの人の在り方として観てほしいし知ってほしいと感じました。
〈キャスト〉
寺井啓喜(稲垣吾郎)
桐生夏月(新垣結衣)
佐々木佳道(磯村勇斗)
諸橋大也(佐藤寛太)
神戸八重子(東野絢香)
寺井由美(山田真歩)
越川秀己(宇野祥平)
西山修(渡辺大知)
那須沙保里(徳永えり)
矢田部陽平(岩瀬亮)
高見優芽(坂東希)
夏月と佳道の中学時代の担任教師(山本浩司)
右近一将(鈴木康介)
※2023年新作映画153本目
