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正欲のギルドのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.7
【誤認することで浮彫になる喪失と拠所の強度】
■あらすじ
横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と度々衝突している。

広島のショッピングモールで販売員として働く桐生夏月は、実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している。ある日、中学のときに転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。

ダンスサークルに所属し、準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也。

学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画した神戸八重子はそんな大也を気にしていた。

同じ地平で描き出される、家庭環境、性的指向、容姿 様々に異なる背景を持つこの5人。
だが、少しずつ、彼らの関係は交差していく。 まったく共感できないかもしれない。驚愕を持って受け止めるかもしれない。もしくは、自身の姿を重ね合わせるかもしれない。
それでも、誰ともつながれない、だからこそ誰かとつながりたい、とつながり合うことを希求する彼らのストーリーは、どうしたって降りられないこの世界で、生き延びるために大切なものを、強い衝撃や深い感動とともに提示する。

いま、この時代にこそ必要とされる、心を激しく揺り動かす、痛烈な衝撃作が生まれた。 もう、観る前の自分には戻れない。

■みどころ
大傑作!
第36回東京国際映画祭でコンペティション部門に出品され最優秀監督賞・観客賞を受賞した作品である。

この映画では以下5人の群像劇を描いている。様々なバックグラウンドを持っているが、一貫して少数派の当事者4人と少数派を裁定する検察官の寺井の力学が作用している。

寺井啓喜:
検事として仕事をしている。息子が不登校になり家に塞ぎ込むが、その根本原因を向き合おうとせずに妻と育児の揉め事を起こしている。
そんな中でNPO法人の支援の元で、息子がYouTuberとして活動する事によって家庭環境が大きく変わる。

桐生夏月:
イオンモールで寝具の販売員として働く女性。実家暮らしで母親、職場の先輩、同僚から結婚に関するマリハラを時たま受けながら代わり映えしない生活をしている。
水に対する拘りが学生時代の出来事から生まれたが、学生時代の佐々木佳道が横浜から戻った事をきっかけに彼女の行動が大きく変わる。

佐々木佳道:
中学時代に転校した青年。水に対して強い拘りがある一方で、自分自身が異常で社会に馴染めないが故に希死念慮のような思想を抱きながら生活している。
ある日、地元に戻り同僚の結婚式に参加して桐生夏月と出会う事で事態が大きく変わる。

諸橋大也:
ダンスサークルに所属していた大学生。
ある性癖を抱えていて、それ故に他者との繋がりを極端に避けている。
ダイバーシティをテーマにした文化祭で神戸八重子と出会い、文化祭に出た後に事態が大きく変わる。

神戸八重子:
男性に強い嫌悪感を抱く大学生。
ダイバーシティをテーマにした文化祭の実行委員で諸橋大也と出会う。彼の魅力に惹かれた彼女は徐々に生き方が変わっていく。

それぞれ異なる時間軸で生活していく中で様々な出来事の遭遇と衝突を各人が受け止めていく。
そして結婚式、捜索、ほんのちょっとした日常、事件など様々なトリガーを介して5人は接触していくお話になる。

本作は桐生ら4人が抱く少数派な指向・考え方がステレオタイプによる外圧や検査官の寺井とのやり取りを多く映すが、一貫して「誤認」をテーマに映している。
希死念慮を抱いた内面、非線形な動きを魅せる存在への魅力、YouTuberで稼ぐと煽るインフルエンサーとYouTuberになりたい子供、ステレオタイプに沿って生きる事など…本作はそれぞれの解像度の高さも凄いが、それ以上に5人の登場人物が「誤認」によって人生の局面が大きく変わる様を映していて、その力学に伴う駆け引きとかヒリヒリする感情を強烈に描いている。
そんな目に見えない概念を検察の検挙・交信という形で落とし込む所が素晴らしかったです。

多様な生き方があっても良い言葉と、けれども実態として空気感や保守的なステレオタイプによる外圧が依然として支配している事を描いている。
そこに対して
(1)ステレオタイプな生き方を「擬態」して生きながらえてる可能性
(2)依然として「擬態」して生き続けてる人々は何らかの形で「誤認」されるが、相互理解して得た繋がりが強固であること
を明示していて心に刺さった一作で、「誤認」によって逆説的に人と人との繋がりの強弱を浮き彫りにした傑作でした。

余談ですが
・世間や検察官が個人の指向に踏み入って理解しなかったり誤認する事
・桐生ら4人が細流として大河というステレオタイプから分岐する事
・大河の水が流れる≒ステレオタイプな生き方に擬態して生きる事

…これを踏まえるとアンドレイ・タルコフスキー「ストーカー」ぽさを感じました。
(水が重要なキーアイテムを担っているのも含めて)
ゾーンに踏み入れて、そこで感じた各々の思想が異なる。異なるならともかく、そこを爆破しようと提言する人や泣いてそんなことするなと訴える人・・・みたいな。
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