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正欲のkamakurahのレビュー・感想・評価

正欲(2023年製作の映画)
4.0
 朝井リョウの原作は第34回紫田鍊三郎賞、岸善幸監督が脚本の港岳彦と組んだ映画は昨年の東京国際映画祭最優秀監督賞と観客賞。ともに読み応え、観応えある仕上がりで、未読、未見の方に是非と推奨したい。作品を通してふたりの作家が、われわれに問いかけるテーマは重く、ただ良質なエンターテイメントであるとだけでは片付けられないものがある。 
 ここのところの世間一般での金科玉条とも言うべき「多様性」の三文字。その前で、個人的には、ただ平伏し、時に萎縮するしかない場へと追い込まれる印象を有することがあるのだが、もちろんそれは自身の意識の低さゆえのことなのだろうと受け止めてはいる。それでいて、一方でそうした必ずしも納得しきれない思いについて何らか解を見出したいと志向すること振り切れずにいる自分にとって『正欲』という作品にあっての、ふたりの作家の問題提起には大いに救われるものがあった。 
 「多様性」という現況でのあたかも水戸黄門の印籠は、特異なものに対して寛容であるようでいて、きわめて攻撃的、排他的である。映画では稲垣吾郎演じる作品の中軸のひとりである検事を職とする寺井啓喜が、その有りようを体現している。彼の言動、思考を理解しつつも、読者、観客は、彼の妻や息子の側から異を唱えないではいられない。また、結果的に一蓮托生で逮捕告発される佐々木佳道と、価値観を共有する桐生夏月に対する周囲の不理解には嘆息するしかない。なぜ解ろうとしないのか。朝井リョウの佳道・夏月というキャラクター設定、素晴らしく、とりわけ別の立ち位置の者への寡黙には心震える。    
 岸監督は、この桐生夏月に新垣結衣を起用し、ガッキーが静かにこの個性を演じ切って、お見事。先般発表された日本映画批評家大賞助演女優賞、納得のキャラクターデザインである。 
 映画はすでに配信開始されている。未読、未見なら映画を先に鑑賞されることをおススメしたい。
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