眼鏡の錬金術師

正欲の眼鏡の錬金術師のネタバレレビュー・内容・結末

正欲(2023年製作の映画)
2.8

このレビューはネタバレを含みます

原作既読。

多様性のさらに外側にいる人たちに目を向け、現代でよく言われてる多様性ってなんだったっけ?ということを今一度問い直す作品ではある。その着眼点は素晴らしい。
私も普段生きてて疑問に思うことがよくあったので、そこに焦点を当ててくれたのは「それだよ、それ!」という感覚にはなった。

さすがに水に興奮するみたいな感覚は分かりようがないが、多様性にもグラデーションがあるな、とは常に感じてはいた。例えば今ではゲイやレズビアンは市民権を得られてきてるように思うが、小児性愛については市民権が得られる可能性は低いだろうと思う。でもこれって法に触れるかどうかで、結局は性的指向の話としては同じラインの話なんだよね。ゲイやレズビアンは認められるが小児性愛は現代では認められない。
ちなみに過去や地域を分けて見れば、古代ギリシャや日本の明治より前は男色が普通にあったし、インドなんかでは児童婚があったと聞く。時代や地域でマイノリティも変わるのだ。そもそも我々の性的指向はその社会に規定される可能性もあることを考えておかなければならない。同性愛を嫌悪する感覚がもしあるとすれば、キリスト教の影響が大きいわけで、そういうものを取っ払ってなるべくフラットに多様性について考えられたり、理解できるようになれたらなって思う。

この作品ではかなり特殊な性的マイノリティを取り上げてるが、性癖ってかなり多様なので、別にノーマルの範疇でもグラデーションはあるよなって思う。例えば普通に異性が性的対象だとしても、痴漢系、たまにいる自転車のサドルとか、女性の靴だけ盗むとか、そういうのもある。そういう現実でやっちゃうと法に触れる性的指向の人って生きづらいだろなとは思ってた。

ただ一方で、作中の人たちみたいに性的指向を理解されないことで「死にたい」とか、「普通の人たちはいいですね」みたいな希死念慮や強い妬みを抱くのはあんまり理解できんかった。この辺ルサンチマンっぽい。
別に性癖で人生決まらないし、そもそもノーマルの人たちも細かな性的指向って共有しなくない?みんなそれぞれ墓場まで持ってくものだし、同じ性的指向の人と出会って動画実際に撮りに行こうなんて思わなくない?この辺がよく分からなかった。

原作読んだときも思ったんだけど、作中の人たちは性的マイノリティかもしれんけど、衣食住足りてるからいいやんと。そもそもすぐ死のうとするやつ好きじゃないんだよな。もっと自分を楽しくする努力をしなさいよと。性的マイノリティかもしれんけど、自己効力感を損ねてはいけない。自尊心を持って自分を愛して生きるべきだ。そこに性癖はあまり関係ない。
また、諸橋とか特になんだけど、性的マイノリティはマイノリティで、マジョリティを差別しとるんではないかと思うとこもあって、結局お互い様やないかと思ったりもした。

映画としては微妙かなー。かなり盛り上がりに欠けてて、ずっと平坦。
原作で一番盛り上がる、八重子と諸橋の言い合いがカットされてるのも痛いが、演出にあまりかっこ良さを感じなかった。