耶馬英彦

愛国の告白—沈黙を破るPart2—の耶馬英彦のレビュー・感想・評価

4.0
 イスラエルの兵役経験者たちが立ち上げたNGO「沈黙を破る=Breaking The Silence(BTS)」に参加している人々のインタビューが主体のドキュメンタリーである。
 イスラエルの国民は18歳で徴兵されるから、国民の殆どが兵役を体験し、その多くがパレスチナ自治区に送られている。そして多くの人々は、そこで行なわれている軍事支配に疑問を持つという。
 発起人であるユダ・シャウールは、現在パレスチナで軍が展開しているのは、安全のための作戦ではなく、植民地プロジェクトだと看破する。つまりイスラエルは国を挙げて軍という暴力装置を使ってパレスチナの人々の人権を蹂躙し続けているのだ。このことは政府も軍もわかっていて、だからBTSの主張を声高に否定する。
 ユダの発言は示唆に富んでいる。最も啓発的な言葉は「世界は200年前とは違う。安全保障は相互的な概念だと理解している」である。つまり隣人の安全が保証されていなければ、自分の安全も保証されないということだ。パレスチナの人々が安全でなければ、イスラエルに安全はない。ネタニヤフをはじめとする右派の人々はそこを理解していない。

 パレスチナ人の受難の歴史は続いている。農地を破壊されて食料供給が断たれ、発電所を爆撃されて電気を失い、住宅への爆撃や兵士の急襲で家族を亡くす。入植者による暴力は日常茶飯事だ。こういった事実が繰り返し語られる。

 イスラエルの右派の精神性は単純だ。兵役で死んだ家族の正当性を保つために軍の活動を正当化する。パレスチナ政策を擁護する。パレスチナの人々は誰が武器を持っているか分からない。全員が潜在的な脅威だ。だから攻撃する。根底には、パレスチナ人に対する根深い憎悪があるのだ。同じ精神性の人々は日本にも多くいて、似たようなことを堂々と主張している。本作品の問題は、イスラエルとパレスチナの問題ではない。世界中の人権の問題なのだ。

 次の映画鑑賞までの時間が迫っていたから、上映後のトークショーは聞けなかったが、作品だけで、BTSの活動と主張は十分に理解できたと思う。ただひとつ残念なことは、BTSの人々も「祖国」という言葉を使っていたことだ。戦争は「祖国」と「祖国」の戦いである。「祖国」という帰属意識を捨て去らない限り、世界に平和は訪れない。国家というものは、安全保障についてユダが言ったのと同様に、相互的な概念であり幻想である。便宜的な存在で十分なのだ。
耶馬英彦

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