うえびん

銀河鉄道の父のうえびんのレビュー・感想・評価

銀河鉄道の父(2023年製作の映画)
3.8
イーハトーブの詩人
その人を育んだものたち

2023年 成島出監督作品

宮沢賢治(菅田将暉)とその父(役所広司)、その家族の物語。宮沢賢治の作品には、幼い頃からたくさん触れてきました。『雨ニモマケズ』は今でも暗誦できます。子供心に、立派な大人の1つのモデルとなりました。その作品群から想像していた人間像と、本作で描かれる賢治は、ほぼ同じでした。

父、母、祖父、妹、弟。家族との関係から浮かび上がる人物像は、新鮮で興味深いものでした。特に父から息子への思い。役所広司と菅田将暉の共演は胸に響く場面がたくさんありました。

宮沢賢治が書き遺した言葉たちの味わいが、より深まった気がしたので読み返してみました。


『永訣の朝』---------------------------------------

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
(あめよじゆとてちけんじや)
うすあかくいつさう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
(あめゆじゆとてちけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしらまがつたてつぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりとした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
(後略)

妹・トシの闘病が、賢治を激しく執筆に向かわせたきっかけだったことを知りました。


『星めぐりの歌』-----------------------------------

あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あをいめだまの子いぬ
ひかりのへびのとぐろ
オリオンは高くうたひ
つゆとしもとをおとす

アンドロメダのくもは
さかなのくちのかたち
大ぐまのあしをきたに
五つのばしたところ
子熊のひたひのうへは
そらのめぐりのめあて

岩手の自然と就農。自然と共にある暮らしが、人間と自然界の動物たちの暮らし、さらには宇宙にまでも拡がる創作世界につながったことを知りました。


『夜』-------------------------------------------------

これで二時間
咽喉からの血はとまらない
おもてはもう人もあるかず
樹などしづかに息してめぐむ春の夜
こここそ春の道場で
菩薩は億の身をも棄て
諸仏はここに涅槃し住し給ふ故
こんやもうここで誰にも見られず
ひとり死んでもいいのだと
いくたびさうも考へをきめ
自分で自分に教へながら
またなまぬるく
あたらしい血が湧くたび
なほほのじろくわたくしはおびえる

賢治が自らの病と闘いながら、心の支えとして強い信仰心(日蓮宗)を持っていたことを知りました。


『雨ニモマケズ』-----------------------------------

雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモ゙マケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテイル
一日二玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ
アラユルコトヲ
ジブンヲカンヂャウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ
野原ノ松ノ林ノ蔭ノ
小サナ萱ブキノ小屋二イテ
東二病気ノコドモアレバ
行ッテ看病シテヤリ
西二ツカレタ母アレバ
行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ
南二死二サウナ人アレバ
行ッテコハガラナクテモイイトイヒ
北二ケンクヮヤソショウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ
ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナ二デクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ

1896年(明治29年)から1933年(昭和8年)まで37年の生涯。宮沢賢治という詩人は、自力で自らの人生を全うされたのではありませんでした。

イーハトーブという国で、家族や仕事仲間に慕われて、豊かな自然に囲まれて、夜空に煌めく星星を眺めながら、自分を勘定に入れずに他力に力を得ながら、自分の内なる声に耳を傾けて創作活動に励まれたのでしょう。


『農民芸術概論綱要』----------------------------

(前略)
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない

自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する

この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか

新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある

正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである

われらは世界のまことの幸福を索ねよう
求道すでに道である
(後略)

賢治がこの世を去ってから90年以上が過ぎました。あちらの世界の賢治たちに、2024年のこちらの世界はどのように見えているのでしょうか。
うえびん

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