猫脳髄

蛇の穴の猫脳髄のレビュー・感想・評価

蛇の穴(1948年製作の映画)
3.9
アナトール・リトヴァクが、ある自伝小説を原作に、これまでヴェールに包まれていた精神科病院の実態を映画化した最初期の名作。抗精神病薬の開発(いわゆるクロルプロマジン革命)以前、薬物療法が確立する前の状況であり、電極を用いた電気けいれん療法(※1)や水治療法などフィジカルな治療法(※2)が主流であり、かつ、病棟も患者であふれ劣悪な環境であったことが見て取れる。

作家志望のオリヴィア・デ・ハヴィランドは、結婚直後に発病し、精神科病院に入院する。見当識がおぼつかずパニック発作を起こすなど症状が安定しないなか、精神科医レオ・ゲンは根気強い心理療法(会話によるコンサルテーション)で彼女の回復をめざす。しかし、経営陣の判断により、彼女は無理やり退院面接にかけられ…という筋書き。

デ・ハヴィランドの演技が素晴らしく、大げさに狂人ぶらないだけでなく、妄想に転がり込む際、彼女だけが別の現実に生きているさまをごく自然に演じており、それだけに異様さが際立っている。また、彼女の回復過程と、それを取り巻く医師・患者たちとの関係も丁寧に描写する。特に、深刻な病状の患者に囲まれた「蛇の穴」での絶望的な状況のカメラワーク、クライマックスでのダンスパーティーの演出は見事である。

実際のところ、患者はこれほど見事に回復しない(そこはやはり映画である)し、現在の目ではもはや「歴史」に属するが、作品の質は高い。

※1 いわゆるECT。現在では安全性を高めた修正型(mECT)が治療に用いられている。残念ながら、患者への「懲罰」に用いられた暗い歴史があり、ミロス・フォアマン「カッコーの巣の上で」(1975)での描写が代表例である
※2 病変が目視できない精神疾患へのフィジカルな治療法への欲求を究極的に推し進めたのがいわゆるロボトミー手術である。本作当時のアメリカではまだ初期の普及段階だったが、もう少し時代が下ればあるいは、という状況
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