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aftersun/アフターサンのiamのレビュー・感想・評価

aftersun/アフターサン(2022年製作の映画)
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英語のmemoryは日本語にすると、「記憶」だが、「記録」にもなりうる。そこには微妙だけれど、たしかな違いがあるように思う。
この映画の場合はビデオカメラの「記録」を媒介に「記憶」をめぐるものであると感じた。
印象に残っていることのひとつとして、ストーリーの描き方が、単に時間を遡ったような、いわゆる「エモい~」といった回顧的味付けなのではないところだ。どこか現実の立ち位置からズレ、視点に違和感を感じさせるような、引っ掛かりが仕込まれていた。登場人物が極端に見切れていたり、ピントがずれていたり、反射のなかをうつしたりと、カメラワークでそれを感じる場面もあれば、突然挟まれるメタファー的なシーンからそういうことを感じたりもした。
「記憶」はどんなに頑張っておもいだしたとしても、正確なものではない。所詮、想像であることは変えられない。つまり、現実からはどうしたってズレが生じてしまう、ということなのかもしれない。
もうひとつ、闇の描かれ方も心に残った。
多くの場合、闇は、ストーリーの中で原因が明らかになったり、周りの人たちに助けられ、救われるものとして描かれるが、この映画ではそういった、感動の起爆剤のような使われ方はされていない。なんなら、登場人物が闇を抱えているという説明的なシーンはほとんどなく、むしろ明るく幸せそうなシーンが流れている時間の方が多いかもしれない。でも、絶対に抱えてる。大きくて深い闇が、確実にそこにある。穏やかなひと時と肩が触れるくらいの近い距離にずっと闇が存在している。その存在感がとても現実的だった。

重低音のリズムと強い閃光がまっくらな空間に走っている。その光で一瞬浮かび上がるカラムの輪郭は、音楽に合わせて踊っているよう見えるが、苦しそうに溺れているようにも見える。そういった人が身近にいるとき、自分だったらどういう言葉をかけることができるだろう。
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