もうすぐ31歳の誕生日になる父と、11歳の自身の夏の小旅行を撮ったビデオを、20年経て見直す。あの頃見えた父と、今だからこそ推し量れる父。その推し量りすらどこか偏っているのかもしれない。ソフィが介在しないシーンは現在のソフィが補った想像ではないかとも思う。父の軽快さと、どこからともなく漂う喪失の影。
しばらく経ってから傷がヒリヒリ痛むように、エンドロールが始まった瞬間から時間差でくらっちゃって、その夜はスーパーでなにも買う気が湧かず引き返しちゃった。
ブラウン管やガラス、水面に反射された表情が映るいくつものシーンがお気に入り。誰かを思うときその全ては不確かで、愛だけある。