段ボール箱

aftersun/アフターサンの段ボール箱のレビュー・感想・評価

aftersun/アフターサン(2022年製作の映画)
4.8
あの頃の父と同じ歳になって初めて、彼の心の内に想いを馳せることができる。父の撮ったホームビデオを通じて、あの頃の父の心を再生する。

11歳の夏休み、主人公のソフィーが年若い父親カラムとトルコで過ごしたバカンス。イギリスからやってきた親子にとってトルコの日差しはまぶしく、アフターサン(日焼け止め)は欠かせず、プールサイドで繰り返し日焼け止めを塗るシーンが描かれる。
自分が11歳だった頃のことを思い出すと大人でも子供でもないその中途半端ぶりが本当に恥ずかしくなるものだけど、ソフィーも例に漏れず少し大人びていて事あるごとに背伸びしている。一方で、カラムと2人きりになる室内のシーンでは父親に甘える年相応さもあり、カラムはどちらのソフィーも静かに見守っている。

カラムの悩みとは一体何だったのだろうか?
作中ではっきりと描かれることはないが、優しい父親のまなざしの端々には苦しみの気配がある。ソフィーの母とは離婚しており、彼がクィアであることを思わせるシーンもある。苦しみながらも、娘には人生の明るい部分を伝えようと不器用に試みている姿が見える。
自分がカラムの年齢に近いというのもあるが、人生の苦しみは大人になるにつれ増大するし、人によって異なる上に分かち合えないことも多く、しかも誰もが完璧な大人になれるとは限らない。実際、カラムは若くして父親になりながらも、青年のような不安定さを残している。
しかし同時に人生の明るさを伝えられるのも、時を重ねた大人だけができることだと思う。カラムとソフィーの関係の良好さと、Under Pressure が流れるラストダンスのシーンがそれを物語っている。

ビデオを再生する31歳のソフィーの人生も作中では多くを描かれないが、彼女が同性を愛するクィアとして生きていることはわかる。容易な人生ではないのかもしれない。それでも、かつて苦しみながらも彼女を見守っていた父のまなざしに触れることは、あのラストダンスを踊った日にカラムが伝えたかった想いを理解するすべであり、またあの頃のカラムも大人になったソフィーに僅かでも理解されたのだと観客だけがわかるところで映画は幕を閉じる。

シャーロット・ウェルズ監督はこれが長編初監督とのことだが、多くの台詞や記号的なシーンを重ねずとも、人を素直に撮るような親密な感触がとても好きだった。今後も色んな作品を見てみたい。
主演の2人も本当に素晴らしく、カラムを演じたポール・メスカルはこんなに繊細な役ができるのに、グラディエーター続編では一体どんな姿を見せてくれるのか楽しみ。

Call me by your nameを観た2018年の夏以来、いくつか素晴らしい夏の映画を探したもののなかなか巡り会うことができないでいたのだけれど、こうしてまたもの凄く好きな映画に出会えて本当に嬉しかった。