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燈火(ネオン)は消えず/消えゆく燈火のCINEMASAのネタバレレビュー・内容・結末

3.5

このレビューはネタバレを含みます

【名うてのネオン職人だった夫ビル(サイモン・ヤム)が亡くなった。LEDへの移行を頑なに拒み、昔ながらのガラス管を愛した夫の旅立ちを受けて、妻のメイヒョン(シルヴィア・チャン)は、かつてSARSが香港で猛威を振るった時、夫にネオン職人を廃業させた事を後悔していた。そんな、ある日。メイヒョンは、<ビルのネオン工房>と書かれた、夫の工房の鍵を見つける。「もう10年前に廃業したはずなのに……?」。不思議に思って訪ねてみると、そこにはレオという見知らぬ青年(ヘニック・チャウ)の姿が…… 夫の最後の弟子だと言う。ビルの死を伝え、工房を閉めると告げるメイヒョン。 対して、「師匠には遣り残したネオンがある!」とレオ。彼の説得を受けて、メイヒョンは夫が遣り残したネオンを探し出し、最後の仕事として、それを完成させることを決意する。 ネオン作りの修行を始めるメイヒョン。 一方、一人娘(セシリア・チョイ)からは、香港を離れて恋人と海外へ移住すると打ち明けられる。果たして、夫の遺志はどうなってしまうのか……?】というスジ。

 名女優シルヴィア・チャンが、3度目の香港電影金像奨主演女優賞(助演を含めると4度目の受賞。監督賞を含めると5度目の受賞)に輝いた作品。第96回米アカデミー賞国際長編映画賞香港代表選出作品でもある。

 監督&脚本は、期待の新人女性監督であるアナスタシア・ツァン。

 かつて、<100万ドルの夜景>と呼ばれた夜の香港。その光景を彩っていたのが、ネオンサインの看板だ。その様を、僕は主として往年の香港映画を通じて知っている。

 しかし、2010年に建築法等が改正。以降、2020年までに香港から9割ものネオンサインが姿を消してしまったという。ネオン職人は斜陽産業従事者となってしまった。

 それでも現在の香港には「ネオン文化の灯を消さない!」と奮闘する職人たちが居る。本作は、そんな彼らへの敬意にも満ちた夫婦愛の映画だ。尚、本作は、現在もネオン造りを続けている数少ない名ネオン職人が指導にあたってもいる。決してアイデアありきだけの作品ではない。<ちゃんとしている>のだ。そこがまた良い。

 評判通りにシルヴィア・チャンが素晴らしい。夫を亡くした寂寥感が胸に迫る名演だ。白い花弁の形をした髪留め、在りし日の夫と興じたコインゲーム、「一緒に染め合おうね」と約束した白髪染め、ローストチキンの梅肉ソース等をメインに家族で囲む食卓…… 全てが現在のメイヒョンにとっては過去の物になってしまった……

 そんな中、メイヒョンは、亡き夫の弟子だと言うレオと出逢う。

 ここから、作品は過去と現在の混交・同居も織り交ぜつつ、<これから>を描く。その<これから>は、そう長い未来を見据えたものではない。それは<夫が遣り残した最後の仕事を終える迄>を着地点としたものだ。けれども、それがネオン作りに関してズブの素人であるメイヒョンには刺激的な日々の到来となる。そこで改めて思い出される夫への愛、そして浮き上がって来る現在の問題、更に、やはり<私の「これから」>……

 どこか謎めいたところ、というか胡散臭さを漂わせるレオを演じたヘニック・チャウも悪くない。昨今の映画なら、ここでキラキラに眩く輝くイケメン俳優をキャスティングするのが常套手段であろうが、ヘニック・チャウは普通の青年だ。不細工ではないけれども、とびきりの美男子では無い。(←ちょっと馬面だしね。フランシス・マクドーマンド的なww) その等身大の在り様が却ってリアリティを伴って好ましく映った。控えめながら、どっしりとした存在感を放つサイモン・ヤムの好助演振りも特筆に値する。

 但し。但し、だ。本作の上映時間は103分と、決して長尺では無いけれども、それでも終盤でやや「長い……」と感じた。2・3箇所で、「嗚呼…… ここで終幕にすれば良いのに……」という場面が有るのだ。<夫が遺した最後の仕事>を遣り切った辺り=90分前後で纏めれば、もっとストンと腑に落ちる感動作に仕上がったと思われる。そこが惜しい。

 とはいえ、決して悪くは無い。期待値が高過ぎたせいもあって、「こんなもんかぁ……」とも思ったが、観終えて2日程が経過した現在、心の中でじんわりと本作が染み出してきた。

 心在る佳編。
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